Go for it!

ピーカン照りだった昨日とはうって変わって、朝から土砂降りの最悪の天気だ。
いつもの俺だったら、せっかくの休みなのに外に出られずテニスも出来ない一日なんてクソくらえと、イライラをゲームにでもぶつけて不貞腐れていたことだろう。
だが今日に限っては少しも雨を疎ましく思わない。
なぜならゆうべから長太郎が泊まりに来ているからだ。
更には家族みんなが何かしらの用事で留守にしている。
まぁ、それがわかっていたから長太郎を呼んだわけだけど。
俺は今日のために綿密な計画を立てていた。
家族の用事を把握するのは勿論、この夏部活を引退した俺と違って練習に忙しい長太郎のスケジュール調整に口を出し、当然俺自身のスケジュールも空けておいた。
体調管理はもちろん、長太郎を招くために部屋の掃除も念入りにした。
そこまでして今日という日を待ち望んでいた理由はただ一つ。
今日、長太郎と初めてセックスをしようと思うのだ。
関東大会のあとに紆余曲折を経てめでたく付き合い始めた俺たちは、誰にも知られないように恋人のステップを踏んできた。
休日にはデートをした。夜道でこっそり手をつないだ。初めてのキスは長太郎の部屋だったし、それからちょっとえろいやつもするようになった。
と、ここまで順調に進んできた俺たちだったが、次のステップにはなかなか進めずにいた。
恋人同士の二人がキスの次にすることといえば、そう、セックスだ。
しかもただのセックスじゃない。
生まれて初めてするセックスだ。
俺も長太郎も二人でセックスをしてみたい気持ちは満々だったから、男同士でする方法をきちんと調べてどっちがどっちの役割をするか話し合いを重ね、突っ込まれるほうが度胸がいるということで俺がそちらをすることになった。
役割が決まれば準備に移らなくてはならない。
受け手側にはやることがたくさんある。
腹の中を綺麗にするとか、太いものを挿入できるように尻の穴を拡張するとか、練習をしないと出来ないようなことばかり。
何度も挫けそうになった。尻をいじっているところを家族に見られないか生きた心地がしなかった。
それでも決して諦めたりしなかった。
当たり前だ。
俺は長太郎とセックスがしてみたい。
好奇心と独占欲と若さゆえ持て余した性欲に突き動かされて画策と準備を重ねて幾日。
ようやく今日、チャンスが巡ってきたのだ。

コトは順調に進んだ。
俺の尻は思っていたよりすんなりと長太郎を受け入れて、血も出なかったし痛くもなかった。
ただ硬くて熱いものが出たり入ったりしているだけで違和感しかなかったけれど、まぁ、初めてだし尻の気持ちよさとかわかんねぇし、こんなもんだろう。
さて、覚悟していたようなハプニングもなく挿入を果たせたわけだけど、どうも長太郎の様子がおかしい。
動きなれないんだろう、腰の動きがヘコヘコとぎこちなくもう随分と長い時間俺の尻穴を突いている。
擦り合いっこだったらとっくに射精しているはずのタイミングなのに。
おまけにだんだんと表情が強張ってきた。
足を開いて長太郎を見上げる俺にときどき不安そうな視線を寄越しては、ぎゅっとまぶたを瞑って懸命に腰を振っている。
ベッドに入ったとき先に俺を押し倒したのは長太郎だったから好きにさせていたんだが、ここらで助け舟をだしてやるべきなのかもしれない。
「おい、ちょっと抜け」
「えっ、あ、はい」
俺が声を掛けると、長太郎は一瞬ほっとしたような顔をして、そしてまた不安そうに眉尻を下げた。
長太郎を俺が寝ていたところに仰向けにさせて、その上に跨る。
ローションでドロドロの尻を長太郎自身にあてがって腰を下ろせば、エロ動画で見たことのある騎乗位ってやつの姿勢になった。
「おまえ、もうちょっとリラックスしろ」
「へ!? は、はい、すみません」
「別にあやまんなくていいけどよ。ほら、俺が動くからヨくなったら出していいぞ」
俺が腰を上下させると、長太郎は繋がっているところを凝視しながらあわあわ言った。
突っ込まれている俺よりもずっとあられもない声を出すものだから、もっと良い声で鳴くのか試してみたくなって尻をきゅっと絞るように力を入れて腰を揺らしてみた。
「あぁッ! 宍戸さん、だめ、だめですって、そんなにしたら、あぁ~~っ!」
ほんの数回腰を上げたり下ろしたりしただけで長太郎は達した。
左手でシーツ、右手で俺の腕を強く握って、あごを反らして歯を食いしばって、気を付けの姿勢でビクビクしている。
肩越しに振り向いてみたら足の爪先までピンと伸ばしていたので、まさしく『気を付け』だ。
長太郎のこんな姿を見るのは初めてだった。
一緒に扱き合いっこをしていたときは抱き合っていたし、イくときも肩に頭を擦りつけたりしていたから、長太郎がどんな顔をして射精するのかまじまじと見たことはない。
長太郎が俺の中に、長太郎の体で一番敏感で弱いところをずっぷり入れて、こんなに激しく震えるほど気持ちよくなっている。
なんだか胸の奥の方がギュンギュンして、顔が熱くなってきて、しようと思ったわけじゃないのに自然と右手が自分の性器を扱いていた。
長太郎を中に入れたまま、一心不乱に腕を動かす。
どんなエロ本より、どんなエロ動画より、目の前の長太郎がエロく見えて仕方がなかった。
早く、早くと気ばかり急いて、うまくイイところを擦れない俺を、絶え絶えに息を吐きながら長太郎が見上げた。
薄く開かれた瞳が俺を見る。
その瞬間、体の芯に電気を流されたみたいな衝撃があって、俺の性器は粘っこい精液を吐き出した。
「宍戸、さん」
「ちょう、たろ」
倒れ込む俺を抱きしめて、長太郎は耳元で俺の名前を呼び続けた。

セックスのあとはアフターケアも大事らしい。
寝かせたままの長太郎のコンドームを外してやってゴミ箱に捨て、ベッドに潜って抱きしめる。
じんわり汗をかいている長太郎からはいつもより濃い匂いとうちのシャンプーの匂いがして、あらためてセックスした実感が湧いてきた。
「腕枕してみていいか?」
返事を待たずに長太郎の首の後ろに腕をさし入れてみる。
ベッドの中だけど俺より少し低い位置にいる長太郎が上目遣いで見上げてくるのがたまらなくて、無防備にさらされているひたいに唇を押し付けた。
「っ」
長太郎が息を飲む気配がして顔を覗き込むと、大きな瞳をうるうるとさせて唇を噛み締めていた。
おいおい、初めてのセックスに成功したからって感極まってんじゃねぇよ。
そう言ってからかってやろうとした瞬間、ぐしゃぐしゃに顔を歪ませた長太郎はダムが決壊したみたいに涙をぼろぼろと零して泣き始めてしまった。
流石にこれが感動の涙ではないことくらい俺にもわかる。
俺の胸に顔を押し付けてしゃくり上げる長太郎の背中をさすっても泣き止みそうになくて、何が何だかわからなかった。
「お、おい、どうした? 腕枕されるの嫌だったか?」
長太郎が首を振る。
「じゃあなんだ? 俺、なんか変なことしたか?」
長太郎はまた首を振った。
「なぁ、どうしたんだよ。泣かないでくれよ。それともなんだ。急に悲しくなったのか?」
首を振る動きを止めた長太郎が、一瞬間を置いて頷いた。
驚きに声が出せなくなる。
どうしてだ。俺たちはたった今セックスしたんだ。セックスだぞ。キスより抜き合いっこよりスゲェやつだぞ。しかも初めてなのに失敗しなかった。これのどこに悲しくなる要素があるって言うんだ。
「ちょ、長太郎? なにがだ? 何が悲しいんだ?」
俺たちはなんの問題もなく恋人としてやってこれたはずだ。
長太郎のことが好きだし、長太郎に好かれているとちゃんと感じている。
それなのにどうして、この期に及んで長太郎が悲しまなくちゃならないんだ。
「教えてくれよ長太郎。言ってくれなきゃわからない」
俺の胸でさめざめ泣いていた長太郎がズズッと鼻をすすった。
そして俺を一度強く抱きしめてから顔を上げた。
泣き腫らした目元が赤くなってしまっていて、唇を寄せたら涙の味がした。
「俺、情けなくて」
長太郎が何を言っているのかすぐには理解できなかった。
情けない?
何が?
「は?」
「下手くそで、全然上手に出来ないし、宍戸さんにしてもらってばかりだし、準備だって、ここに泊まりに来るのだって、宍戸さんが用意してくれたものに乗っかってるだけだし、自分でイけないし、宍戸さんに乗っかってもらわないとイけなかったし、宍戸さんのことをイかせることも出来なかったし、コンドームだって宍戸さんに片づけてもらったし、そもそも付き合ったときだって俺がいつまでたっても告白できないでいるから見かねて宍戸さんから告白してくれたわけだし、初めて手をつないだ時も初めてキスをした時も宍戸さんからしようって誘ってくれたから出来たんだし、今日もそうだったわけだし、なのに下手くそでなんにもできないし」
長太郎はグダグダな涙声でまくし立てた。
乗っかるとか乗っからないとかややこしいし、付き合い始めたころのことまで引っ張りだして今更なにを言い出すんだ。
これは懺悔なのか? 反省なのか? それとも俺への不満なのか?
「ちょ、ちょっと待ってくれ。どうした? なんでそんなに弱気なことばかり言うんだ?」
「弱気にもなりますよ。俺は俺が情けなくて情けなくて」
「あぁもう泣くな! お、俺が悪かったなら謝るから。な?」
「宍戸さんはなにも悪くないです。俺が、俺が……」
またぼろぼろと涙を流して抱きついてきた長太郎は、俺の胸に熱いひたいを擦らせながら泣き止もうとしない。
俺は混乱していた。
長太郎とセックス出来て人生で一番最良な時間を過ごしたと思っていたというのになんという青天の霹靂。
長太郎がこんなことを思っていたなんて微塵も想像していなかった。
俺は長太郎とすること何もかもが嬉しくて楽しかったのに、長太郎にとってはそうではなかったのだろうか。
そう考えると、一人張り切って今日の日のために準備してきた俺が哀れになってくる。
泣き止まない長太郎の頭を撫でながら喉に詰まるものがあって、胸に流れる熱い涙に誘われるように俺の目からも雫がこぼれた。
「俺は、長太郎とセックスするの、すげぇ楽しみだった。準備するのも、母ちゃんたちがいない日を探るのも大変だったけど、長太郎とセックスしてみたかったからなんてことなかった。長太郎はいやだったかもしれねぇけど、俺は長太郎とセックス出来てすごく嬉しかった。本当に、嬉しかったんだ」
ズビズビ言っていた長太郎が無言になり、一瞬の沈黙が流れる。
「宍戸さん、泣いてるんですか?」
「うるせぇ。おまえが悲しいとかいうから、俺も泣けてきたんだよ」
「どうして? やだ、いやだよ、宍戸さん、泣かないで」
「下手くそとかうまくできないとかどうでもいいんだよ。俺は長太郎としてすげー良かった。長太郎は良くなかったのか? 俺のなか、気持ちよくなかった?」
「よかったに決まってるじゃないですか!」
「だったらもう泣くのやめろよ! 俺としたこと後悔してるみたいに言うな! 俺は長太郎と出来てめちゃくちゃ嬉しかったのに! もっとずっとしていたいと思ったのに! これからも、長太郎と、何回だって、」
喉が詰まって何も言えなくなってしまった俺を、長太郎はきつく抱きしめる。
見上げるように首を伸ばして、涙を堪えたくて引き結んだ唇に何度も何度もキスをしてきた。
「ごめんなさい。俺、自分のことしか考えてなくてあんなこと言ってしまった。ごめんなさい。俺も、宍戸さんと出来て嬉しかったです。もっとたくさんしてみたいです。これからも、何年後もずっと、宍戸さんと一緒がいい」
涙の味のキスは、しょっぱいけれど優しい。
あったかくて、くすぐったい。
涙は長太郎の専売特許だと思っていたのに、長太郎の瞳に泣きそうな俺の顔が映っているのが妙におかしくて、俺は頭の片隅で次の泊まりの予定を画策し始めていた。