酔っぱらった宍戸さんに翻弄される長太郎の話

サークルの飲み会が長引いて、家に帰りついた頃にはすでに日付が変わっていた。
玄関には俺のものじゃない見慣れたスニーカー。
宍戸さんが来ているようだ。
うちの合鍵を渡しているから、ここには自由に出入りが出来る。
「ただいまぁ」
リビングからテレビの音は聞こえてくるのに、宍戸さんの返事はなかった。
「あれ? 聞こえなかったかな」
不思議に思いながらリビングに向かうと誰もいない。
代わりに、ツンとアルコールの匂いが鼻についた。
自分から発している匂いかと思って、そんなに飲んだつもりはないのにな、とローテーブルを見たら空の缶ビールが何本も散乱している。
「ええ? なにこれ、宍戸さんが飲んだの?」
しかし当の本人は行方知れず。
ざっとみても一ダースは飲み干しているようだ。
アルコールに強い人ではないのに、こんなに飲んだら酔っぱらって具合を悪くしているんじゃないだろうか。
「し、宍戸さん、どこ?」
トイレやバスルームを覗いてみたけれど宍戸さんの姿は見当たらない。
ということは寝室にいるはず。
宍戸さんが心配でたまらない俺は大股でリビングを突っ切った。
ベッドのある部屋までは数歩。
「宍戸さん大丈夫ですか?!」
閉じられたドアを勢いよく開けて照明を点けると、宍戸さんがベッドに突っ伏していた。その背中が規則的に上下していて、眠っているだけだとわかり安心したのもつかの間、宍戸さんの格好のせいで頭に疑問符が乱立する。
膝まで脱げたジーンズ、お尻が半分出ていて、トレーナーを脱ごうとして力尽きたのか片腕だけ着た状態だ。
それよりなにより、ベッドの上に転がっているローションボトルと箱から飛びでたコンドームたちが俺を狼狽えさせた。
「なんで?」
っていうかどうして宍戸さんがローションとコンドームの在り処を知っているんだ?
確かに前々から買っておいてはいたんだけど、いつも宍戸さんの部屋でするからこの部屋ではまだ使ったことがなかったわけで、当然これらがどこにあるかも宍戸さんは知らないはずだった。
ふとクローゼットを見ると、下着や靴下を入れてある引き出しが家探しされたように引き抜かれひっくり返されている。
「なんでピンポイントでそこ探したの……」
大当たりだった。その引き出しの奥底に隠しておいたのだ。
俺の考えを見抜かれていることがわかって呆然としていると、ベッドの宍戸さんがもぞもぞと動き出した。
「ん~、あ? ちょうたろう?」
「宍戸さん! 起きました? どうしたんですか、あんなに飲んじゃって。大丈夫ですか?」
ベッドに乗り上げて、寝返りを打った宍戸さんの熱い頬に触れた。俺を見上げる瞳が潤んでいてドキドキしてしまう。
俯せていたからか、おでこにシーツのあとが付いてしまっている。
しばらくぽやーっとした表情で俺を見ていた宍戸さんは、俺がおでこにキスをすると星が瞬くみたいに笑顔になった。
「あ~ちょうたろうだぁ」
「へ?」
宍戸さんは満面の笑みで両腕を伸ばして、俺の頭をわしゃわしゃと混ぜた。
「しよぉぜぇ」
「へ?」
俺の服をまくり上げ、熱い手のひらがべたべたと肌を這った。
布地が伸びるのもお構いなしに服を引っ張られる。
「待って、ちゃんと脱ぎますから。そんなに引っ張らないで」
「はぁやく」
セーターと中に着ているカットソーとまとめて一緒に脱いで、宍戸さんに覆いかぶさった。
うっすら開いた口で浅く呼吸を繰り返す宍戸さんは、さっきまでとはうって変わって笑顔を仕舞い、俺のことをじっと見つめている。
「どうしました?」
「ちょうたろう、おまえ」
「?」
「かっけぇなぁ」
そう言って再び頬をほころばせた。
俺の胸筋や腹筋にまんべんなく触れて、満足そうに頷く。
「急にどうしちゃったんですか」
「俺の長太郎がかっこよくて、すげぇうれしい」
「お、おれの!?」
「長太郎は俺のだろ?」
「え、ええ、まぁ」
またにっこり破顔して、宍戸さんは両腕を俺に伸ばした。
「脱がせろ」
「うーん、半分脱げなかったんですね」
「ん」
「引っかかっちゃうな。一度起き上がれますか?」
「起こして」
「……はい」
酔っ払いはわがままに俺に指図した。協力してくれる気配のない宍戸さんの体は脱力して重いけれど、腕を引っ張って上半身を起こしたらそのまま俺にぎゅっと抱きついてきたから許してしまう。
「腕あげてくださいね」
「んー」
ばんざいした宍戸さんからトレーナーを引き抜いた。
乱れた前髪を梳いてあげたら、宍戸さんは唇を突き出して俺にキスしてきた。
「なぁ~まだ?」
「本当にするんですか? ベロベロじゃないですか。気持ち悪くなったりしません?」
「? 気持ちよくしかなんねぇだろ」
「~~~っ、それはそうなんですけど!」
だめだ、気遣いが通じない。
煮え切らない俺をじれったく感じたのか、下着ごと脱いで全裸になった宍戸さんは座ったままМ字に足を立てた。そしてローションを手に取って自らアナルに塗りたくり始めた。
「あ! なんで自分でしちゃうんですか」
「おまえが、してくんねぇから、だろぉ。んっ、入っ、た」
「というか……宍戸さんて自分でそっちも触るんですね……?」
「たまに」
さらっとすごいことを言わなかったかこの人。
宍戸さんがうしろの穴で自慰をするなんて知らなかったし、見ればなんとなく手慣れている手つきだ。
ときたま息を詰めて眉をしかめる。それは宍戸さんが快感を拾ったときの反応で、俺は泥酔具合の心配をしていることが馬鹿馬鹿しくなってきた。
「俺も混ぜてください」
ローションを手に取って、宍戸さんの指に沿わせてアナルの淵をなぞる。
視線を合わせた宍戸さんが唇を噛んだから、それを合図に指をゆっくり侵入させた。
「一緒に、入れんな、って」
「指二本なら余裕ですよ。ね、宍戸さん」
重ねた宍戸さんの指を押し込んだ。
「んっ」
イイところにあたったのか、宍戸さんは腸壁で俺たちの指をキュッと締めた。
「前立腺あたりました?」
「ん、っ」
「じゃあ、もう一回」
もう一度、宍戸さんの指をグッと押し込んでみる。
「あ、っ」
「あたった?」
「……ちょっとずれた」
「あれ? やっぱり直接触らないからわかんないですね。宍戸さん、ちゃんといいところ触ってください。俺が押してあげるんで」
宍戸さんに自分で前立腺を探してもらえれば、俺はそこを刺激する手助けができる。
宍戸さんは躊躇わなかった。
宍戸さんの中を、宍戸さんの指が深く進んでいく。
指先が目当てのふくらみに到達するまでそう時間はかからなかった。
「あっ、た」
見つけたことをおそるおそる教えてくれた宍戸さんに、伺いを立てずに指先に力を込めた。
「あっ、急につよく、押すなぁ」
腰が浮いてしまいそうになるのを耐えるように、宍戸さんは太ももと腹筋を震わせている。
「気持ちいいですか?」
「うんっ、きもち、いい」
「珍しい。いつもは何も言ってくれないのに」
「悔しいから、言わねぇことにしてんだ」
「なんでですか」
「だって、俺ばっかり気持ちいいの、ずりぃじゃん」
「気持ちいいのは宍戸さんばっかりじゃないのに」
何度か抽送をくりかえすと、宍戸さんは目元を赤く染め、俺を見て、ぺろっと出した舌で自分の唇を舐めた。
「誘ってるんですか?」
もう一度、宍戸さんの指ごと前立腺を強く押し込む。
腰をヒクつかせた宍戸さんのペニスは、もうすっかり硬く形を成して屹立していた。
「んっ、ずっと、誘ってる、だろ」
「そうでしたね」
指を抜き、宍戸さんの手を取る。ローションにまみれた宍戸さんの指を脱いだカットソーで拭いてあげて、コンドームの個包装を破いた。
前を寛げて装着すると、宍戸さんはシーツに寝転んで足を大きく開いて見せた。
「はしたないですよ」
「ははっ。おまえもおっ勃てといて、よく言う」
「悪い口ですね。そんなこと言う酔っ払いには挿入れてあげませんよ」
「え~、やだやだ、ちょうたろう、早くしようぜぇ」
「……本当に宍戸さんじゃないみたい」
両腕を伸ばして俺を呼ぶ宍戸さんに覆いかぶさって、ぽってりとヒクつくすぼまりに一息に突き立てた。
「っは! あぁ、あ……ぁ、これぇ、ぇ」
「痛っ、宍戸さん、爪痛いってば」
俺の背中に強い力で爪を立て、宍戸さんは喉を晒して喘いだ。
アルコールが回っているせいで普段よりも熱くてキツい胎内が俺に絡みつく。
もっと、と喚く声に煽られて腰を振れば、宍戸さんは恥ずかしげもなく嬌声を垂れ流して勝手に昇りつめていった。
「あ、あっ! イ、っく!」
俺を力いっぱいぎゅーっと抱きしめて、宍戸さんは達した。
どこもかしこも熱い体で縋りつかれて悪い気はしないけれど、置いてけぼりにされたのはちょっと面白くない。
だから、まだ絶頂の最中にいる宍戸さんを突き上げて、俺も勝手に気持ちよくなることにした。
「うあ、ばか、今イってんだって、や、っ、あぁ」
「俺の、わがままも、っ、きいてくださいよっ」
乱暴なセックスなのに宍戸さんの体は悦んで精液を吐き出していて、俺までアルコールに酔ったみたいに頭がクラクラした。
息を詰めて、コンドームの中に肉欲を吐き出す。
倒れこんだ俺の頬を両手で挟んだ宍戸さんは、息を整えもせず獣みたいに繰り返し俺の唇を噛んで舐めた。
アルコールの匂いが鼻について、一滴も飲んでいないのに酩酊しそう。
「ほら、もっとできんだろ」
宍戸さんは据わった目で俺を見て、繋がったまま腰を揺らした。
そしてへにゃりと笑って俺にしがみつき、駄々っ子のように肌を摺り寄せた。
「なぁ~、もっとぉ」
もう、どうにでもなれ。
コンドームも変えずに律動を再開した俺は、今夜、宍戸さんが潰れるまで快楽に酔わせることを決意した。

「……」
「起きてるんでしょ」
「……」
「ねぇ、宍戸さんってば」
「……起きてねぇ」
「あ、起きてた」
「……忘れろ」
「何をですか?」
「全部」
朝日はとっくに昇っている。
あのあと宍戸さんは俺を離してくれなくて、俺も離すつもりはなかったからシーツはぐちゃぐちゃ、全裸の肌にはところどころ吸い痕がついていた。
宍戸さんは枕に突っ伏してこちらを見ようとしない。
だからわざと体をぴったりっくっつけてじゃれついた。
「なんでゆうべはあんなに飲んじゃったんですか?」
「……」
「俺が帰ってこなくて寂しかった?」
「……」
「よくローションとコンドームの隠し場所がわかりましたね。でも引き出しをひっくりかえすのはひどいですよねぇ~」
「……」
「そんなに俺としたかったんですか?」
「……悪いかよ」
くぐもった声がして見てみると、宍戸さんの耳が真っ赤に染まっている。
残念なことに昨日の記憶は飛んでくれなかったらしい。
「ぜーんぜん。いつもあんなふうに甘えてくれたらいいのに。俺は大歓迎ですよ」
「……あれは俺じゃない」
「おかしいなぁ。俺は宍戸さんとしかセックスしないんですけど」
「……頼むから忘れてくれ」
「じゃあ、間を取って俺と宍戸さんの秘密ってことで」
むき出しの耳たぶにキスをしたら、一瞬首をすくめた宍戸さんはゆっくり頭を動かして片目だけで俺を見た。
「……素面じゃいられなかったんだよ」
「どうして?」
覗き込んだらまた顔を枕にうずめてしまった。
恥ずかしがっちゃって、あ~かわいい。
昨日の失態が宍戸さんの本当の姿なのだとしたら、俺は想像していた以上に宍戸さんに求められているということだ。
顔を隠してみたって、俺を喜ばせるだけなのに。
宍戸さんの後頭部にキスをして背中を撫でたら、また片目だけをこちらに向けた。
「おまえんちでするの、初めてだなって思ったら、なんか」
「なんか?」
「なんか、テンパって、準備しとかなきゃって思ったんだけど、準備ってどこまでしたらいいのかわかんなくなって、で……」
「で?」
「とりあえず、飲んだ」
なるほど、パニックを起こしてあんなことになったわけだ。
「なんで俺の部屋だと緊張しちゃうんですか」
「緊張?」
「だからアルコールに頼ったんでしょ? 宍戸さんの部屋では何回もしてるのに」
「うるせぇ。俺にとってここは聖域だったんだよ」
「なにそれ」
「おまえにわかってたまるか」
また突っ伏してしまう。
宍戸さんにとって、俺は汚してはいけない聖人君子かなにかなのだろうか。
それとも、いつまで経ってもぴよぴよ後ろをついてまわるかわいい後輩のままなのだろうか。
ありもしない幻想を追いかけるのはやめてほしいけれど、宍戸さんはこれになかなか根深く囚われている気がしているから、今はまだ、俺にできることは何もない。
いつか気付いてくれたらいいのにな。
俺はもう、一端に欲深い人間であるってこと。
「んぅ」
「もう、いつまで拗ねてるんですか。もうすぐお昼になっちゃいますよ。起きましょう?」
「ちょうたろお」
「はい」
「頭いてぇ」
「も~~」
あれだけ飲んだらさぞ二日酔いもひどいことだろう。
とりあえず水でも持ってくるか。
起き上がると、シーツを転がってきたローションボトルが手に触れた。
「あ、そういえば、宍戸さんって自分でうしろに指入れるんですね。今度また見せてください」
冗談のつもりだったのに、あれだけ動くことを拒否していた宍戸さんはのっそり起き上がって俺を振り返り、聞いたことのない地を這う声を舌に乗せて呪詛を吐いた。


「おまえを殺して、俺も死ぬ」