膨らみ

※女体化百合

事故みたいなものだった。
宍戸さんと居残り練習をしたあと、二人だけになった部室で着替えていた。
二人きりになることって滅多にないから、なんだか嬉しくなっちゃっておしゃべりが止まらなくなった。
気が付いたときには宍戸さんはとっくに着替え終わっていて、それで焦って着替えようと思ったんだけどいつもより汗をかいたせいかユニフォームが肌にまとわりついてなかなか脱ぐことが出来なかった。
宍戸さんを待たせるわけにはいかない。
だけど勢いよくユニフォームをたくし上げたのがいけなかった。
脱げちゃいけないものまで一緒に脱げてしまったのだ。
汗をたっぷり吸ったスポーツブラがユニフォームに絡まって、胸の上で丸まる。
空気に触れた肌がひんやりして、アッと思ったときには遅く、宍戸さんの目の前でおっぱい丸出し、露出狂の私が出来上がっていた。
「あ」
と小さく呟いた宍戸さんの視線が私の胸に注ぐ。
早く服を下ろしてしまえばいいのに、自分がしでかしたことにびっくりしてそのまま動けなくなってしまった。
顔が沸騰したみたいに熱くなる。
蝶番が壊れた扉みたいに口が落ち着きなく開いたり閉じたりしてしまって、何か言おうにも言葉が出ない。
もう頭の中はパニックだ。
胸を隠すことが先か、宍戸さんに何かをいうことが先かわからなくなって、熱い顔から湯気が噴き出したような気がした次の瞬間、涙が滲み出した。
「えぇ!? なんで泣く!?」
慌てた様子の宍戸さんが、たくし上げた服を掴んだままの私の手を取る。
「服! 降ろせばいいだけじゃん?」
私の手を服から外した宍戸さんは、汗まみれで湿っているのも厭わずにユニフォームを降ろしてくれた。
ほっとした瞬間、熱いほっぺたを涙が伝った。
手の甲で擦ったら、宍戸さんはカバンからハンカチを出して私の顔を拭いてくれた。
「す、すみません」
「うん。びっくりしたけど。うん」
「私も、びっくりしちゃって……」
なんとなく気まずくて、宍戸さんの顔を見ることが出来ない。
女同士とは言え、部活の合宿では学年別にお風呂に入っていたし、もちろん水泳の授業だって学年が違うから一緒にしたことなんてない。
ここはお風呂でもプールでもないのに、突然後輩に胸を見せられたらびっくりするだろう。
胸を見られて恥ずかしい気持ちは驚かせてしまって申し訳ない気持ちに変わり、次第に罪悪感と自己嫌悪が襲ってくる。
なんで私はいつも、トラブルに冷静に対処出来ないんだろう。
コートの中でもそうだ。
サーブが決まらないとすごく不安になるし、不安になるとサーブが決まらなくなって、悪循環を繰り返してしまう。
もういやだ。
宍戸さんにダメなところばかり見られちゃってる。
やだ、やだ。ここから消えちゃいたい。
「……ピンク」
また涙が滲みそうになったとき、宍戸さんがボソッと呟いた。
「え?」
「すげー、ピンクだった」
「ピンク?」
「おまえの乳首」
思考が停止して、たっぷり十秒、見つめ合う。
宍戸さんの瞳が、まずい、と揺れた。
「なっなななっ宍戸さん!?」
「ごめん! セクハラだった! ごめん! ごめんなさい!」
「ぴ、ぴん、ぴんっ」
「ごめんって~~! たのむから泣くなよ? ついうっかり……!」
「うっかりって!? 宍戸さん、うっかりって!?」
「違う違う違う! ほんとマジでごめん!! 言うつもりなんてなかったんだってば!」
ほっぺたを真っ赤にした宍戸さんは慌てふためいて弁解した。
宍戸さんの口から『乳首』というワードが飛び出したことも相まって、恥ずかしさで体の中がむずむずしてくる。
宍戸さんの弁解は『ごめん』を繰り返すばかりで、言葉が尽きるのは早かった。
二人だけの部室に気まずい沈黙が流れた。
「やっぱり、見えてましたよね……?」
「……見た」
「で、ですよね」
「……あーもう最悪。なんですぐ口に出してしまうんだ。ごめん、嫌だったよな。本当、ごめん」
宍戸さんは両手で顔を覆って俯いた。
あれ、と思った。
宍戸さんも恥ずかしがっているみたい。
みたい、じゃなくて、恥ずかしがっている。
だって、指の隙間から覗くおでこがどんどん紅色に染まっていくんだもの。
「うっかりですか?」
「うっかり」
「どうして?」
「んぅー」
顔を隠して俯いたまま、宍戸さんは唸った。
「ち、ちくびって、宍戸さんでも言うんですね」
「……おまえだって今言った」
「でも、ほら、保健体育でも習ったし、宍戸さんだって知らないわけないですよね、ち、ちくびって言葉」
「はぁ~……なにをアホなことを言ってんだよ」
呆れたようにため息をついて顔を上げた宍戸さんは、ほっぺたを染めたまま私を見た。
「いいなって思ったの!」
上目がちに私を睨む。
「な、なんで怒ってるんですかぁ~」
「怒ってねぇよ!」
「うそだぁ、怒ってるじゃないですかぁ」
宍戸さんはバツが悪そうに俯いてしまった。
おそるおそる、その顔を覗き込む。
すると宍戸さんは、また上目がちに私を見た。
「……きれいだと思ったんだって」
「きれい?」
「おまえの、その……」
そして宍戸さんはほっぺたをじんわり染めて、ためらいながら「……おっぱい」と言った。
私はその言葉をなぞるように「おっ……ぱい」と続けた。
宍戸さんはまた私を睨みつけながらほっぺたを真っ赤にしている。
恥ずかしさも罪悪感もいつの間にかどっかに行っちゃって、突然私の中で何かが膨らみ始めた気がした。