狼2の続きです
月が明るい。
駅からの帰り道、ぽつぽつと街灯がともる路地を歩きながら見上げた空にはまんまるの満月。
雲一つかかっていない。
草むらがあるのかどこからか涼やかな虫の音も聞こえてきて、秋の月夜にピッタリな雰囲気を醸し出している。
それなのに、風流さとはかけ離れた衝動が腹の奥でジリジリと俺を急かしていた。
満月の夜はいつもこうだ。
パブロフの犬よろしく、空にあけられた穴みたいな月が俺を期待させ昂らせる。
原因は一つしかなかった。
丸い月を見て豹変する恋人。狼憑きの家に生まれた長太郎の存在だ。
あいつとセックスをするようになったのは、まだケツの青いガキのころだった。
暴走する長太郎を止めることも出来ずに一方的に穿たれた痛みを今も鮮明に思い出せる。
あれから何年も経って、俺たちは大人になった。
月の光で我を失っていた長太郎は、あの頃よりは自分の暴力性をコントロール出来るようになった。
けれど俺を犯そうとすることはやめられないらしく、満月のたびに長太郎は俺を激しく抱いた。
普段はそれはそれは丁寧に甘い言葉を囁きながら優しく俺に触れる長太郎は、月に一度、強い力で俺の体を押さえつけて、抵抗する暇もなく何度も何度も迸りを注ぐ。
淡い月の光に照らされながら汗と精液にまみれていく俺を、抱きかかえたりひっくり返したりしては一番奥まで突き上げて、俺が指一本動かせなくなっても揺さぶることをやめようとしない。
そんなセックスを定期的に繰り返されてきた俺が満月に興奮してしまうようになったのは当然の結果だと思う。
長太郎は、満月じゃない日は絶対にこんなセックスをしようとはしない。
俺が頼んでみても眉を下げて首を竦めるばかりで、まるで砂糖菓子でも扱うかのように俺に触れるのだ。
けれど、満月の夜の長太郎とのセックスは麻薬のように俺を魅了し、いつしか月が満ちるのを指折り数えて待ち望むようになってしまっていた。
今夜は待ちに待った満月。
走り出したい気持ちを頭を振ってかき消し、それでも速まる歩調を止められなかった。
長太郎はまだ帰っていなかった。
マンションの上層階に今の部屋を決めたのは月の光がたくさん入るから、そしてカーテンを空けていても覗かれる心配がないからだ。
照明を点けずに、部屋のカーテンを全部開けて風呂場にこもる。
長太郎を受け入れる準備をしながら、勝手に濡れてくれたらいいのにと思ったのは一度や二度じゃない。
煩わしいのだ。
挿入するためにローションで十分に濡らそうと気遣う長太郎の手が、セックスの途中でたびたび俺の肌を離れて無機質な物体に触れるのが。
そんな僅かな瞬間すら、長太郎の意識を独り占めしていたくなる。
その点、満月の夜はいい。
獣は細かな作業なんかしない。
一度にボトルの中身をごっそり俺の尻にぶちまけて、乾きようもない状態で剥き出しのペニスを捩じ込んでくる。
思い出しただけで勃起してしまう。
あのころ俺に乱暴をしてぐしゃぐしゃに泣いていた長太郎はもういない。
己の中の凶暴さを飼い慣らした獣は、恋人の俺すらも飼い慣らしてしまった。
帰ってくるなり、長太郎は裸の俺に噛み付いた。
満月の日は特に、夜道でもサングラスをかけて月の光を見ないようにしている長太郎は、玄関を開けてサングラスを外した刹那、窓の外から煌々と差し込んでくる光に当てられ人畜無害な日常の顔を脱ぎ捨てた。
銀色の髪の毛がキラキラと波打っている。
鋭い眼光に打ち抜かれると、俺は腹を出して足を開き降参の姿勢で長太郎を待ってしまう。
ちぎり取らんばかりの豪快さで服を脱ぎ捨てた長太郎は、腹につきそうなくらいにそそり立ったペニスと俺の尻にローションボトルの中身を全部ぶちまけて一息に突っ込んできた。
一か月もの間待ち望んでいたものを予告なく与えられ、繋がったところから神経を伝って全身に悦びが伝播する。
体が歓喜しガクガク震え、抑えが効かない。
暴力的な快感が俺の意識を混濁させる。
のけぞり硬直する俺の腰に指を食い込ませ、長太郎は激しい腰遣いで俺を揺さぶり始めた。
長太郎の大きく張り出た亀頭が腹の中のイイところばかりを突いてくるから、長太郎の熱が俺の中にどんどん蓄積していって、何度も腹の奥で絶頂の爆発を繰り返す。
俺の体なのに俺のものじゃなくなったみたいた。
多分、俺のペニスははじめの一突きで射精して、突かれるたびにだらしなく精液を漏らしているんだろう。
けれど腹の中の快感神経を抉られて達する絶頂にばかり導かれ続ける俺には、尿道を精液が通る快感がささやかにしか感じられなくなってしまって、射精したのかそうでないのか、実際のところはわからなかった。
確かめようにも目の前がチカチカとして何も見えない。
長太郎の息遣いと俺の声にならない喘ぎ、それと肌同士がぶつかる音だけが聞こえている。
意識を失いそうになるたびに体のあちこちをに歯を立てられ、息ごと食らいつくすみたいなキスをされ、身勝手に連れ戻された。
そうされるのが嬉しいと感じてしまうほど、俺は長太郎に溺れている。
一か月に一度、満月が出ている数時間だけ俺を傍若無人に独占し、なにもかもを暴き、狂わせる。
銀色の獣は刻みつけるように手酷く俺を愛し、そしてまたひと月の眠りにつく。
柔らかく甘い長太郎と、鋭く力強い長太郎。
どちらも同じ長太郎で、俺はどちらの長太郎も欲しいのだ。
差し込む陽の光りの眩しさに目を覚ましたとき、俺は長太郎の腕の中にいた。
長太郎は裸のまま俺を抱きしめて寝息を立てている。
意識が覚醒していくにつれて体のあちこちに鈍い痛みが走った。
噛み付かれたところと、強く掴まれたところ、そして尻。
身じろぐ俺に目を覚ました長太郎は、おはようございます、と眠気をたっぷり含んだ声のあと、俺のひたいに唇を押し付けてきた。
「またカーテン開けて待ってたでしょ」
「はは、わりぃ」
「もう、笑いごとじゃないですよ。また宍戸さんにひどくしちゃった」
「すげぇ良かったぜ」
「そうやってまた俺を許すんだから。宍戸さんは俺に甘すぎます」
「許すもなにも、俺は長太郎とすんのが好きだからなぁ。どんなことされたって悦んじまうからよ」
「も~~」
長太郎が俺を抱きしめる。
噛み付かれた痕が少し痛んだけれど、長太郎の肌の匂いが優しすぎて次第に気にならなくなっていった。