世界の終わり

ワンライお題メーカーから。

ほんの気まぐれ。ただの思いつき。文通なんて一度もしたことなかったけれど、誰かに話したくなった。誰でもいいんだ。俺のことを知らない誰かに、今の俺の気持ちをただ伝えたいだけ。綺麗な便せんなんて持っていないから、ノートをちぎっただけの味気ない手紙だけれど。
何から書こうかな。あて名は無いけど挨拶はしなくちゃだめだよね。でもいつ読んでもらえるかわからない。朝かもしれないし、お昼かもしれないし、夜かもしれない。だったら『おはようございます』も『こんにちは』も『こんばんは』も、どれも合っていないような気がして、『はじめまして』と書くことにした。

はじめまして、鳳長太郎といいます。
嬉しいことがあったので、話を聞いてくれませんか。

一方的過ぎるかな。でも手紙ってこういうものだよね。もし手紙をもらっていたのなら返事を書けるけれど、これは俺が言いたいことを言いたいように言うための手紙だから仕方がない。
そう、とてもいいことがあったんだ。何から話せばいいのかな。まずは俺のことを自己紹介した方がいいのかな。いや、まだるっこしいかもしれないな。それに、俺がどんな人間かを知って欲しいわけじゃないし。

俺には好きな人がいます。

うわぁ。文字で書くと、なんか、あらためて実感するなぁ。好きな人。好きな、人。不思議だ。ずっと好きだったから、授業中も、眠る前も、何度も何度も部活での出来事を思い出しては頭の中いっぱいにあの人の笑顔が溢れていたのに、今日見たあのはにかみ顔がまぶたに焼き付いて、まばたきのたびにすぐ側に居るような感覚だ。
あんな顔、はじめて見た。照れ隠しと嬉しさが混ざったみたいなあの表情は、今までに見たどんな笑顔よりも胸が甘く締め付けられるようだった。こんな気持ちは生まれてはじめてで、何も言えなくなって、だけどすごく手を繋ぎたくなった。そんな大胆なこと出来るわけなかったけれど。
あ、手紙に書かなきゃ。もう何十回、何百回かもしれない、思い出してはため息ばかり出ちゃうんだもんな。早くしなきゃ日が暮れちゃうよ。

昨日、好きな人に告白したら、その人も俺のことを好きだと言ってくれたのです。
信じられないくらい嬉しかったです。
俺のことを好きになってくれるなんて思ってもみなかったから、嬉しくて嬉しくてどうしようもなくて、ありがとうございますって頭を下げたら、その人は笑っていました。
一生、叶うことのない恋だと思っていました。
伝えずにいようと思っていました。
けれど、やっぱり伝えないといけないと思ったのです。
伝えないまま終わったら後悔しか残らない気がしたし、いい機会だと思ったんです。
だって、振られてもそんなに悲しみは長く続かないでしょ?
今は、ちゃんと伝えられてよかったと思っています。
幸せな気持ちでいっぱいなのです。
だから、どうしてもこの気持ちを誰かに聞いて欲しかったのです。
もしも読んでくれる人がいたのなら、俺はあなたの幸せを祈ります。
俺が最後に幸せな気持ちを抱けたように、あなたも最後のときに幸せな気持ちになれていたらと願っています。

こんなものかな。四つに折って、さっき姉さんにもらった無地の封筒にいれたら糊付けしよう。
もっと書きたいことがあったような気がするけれど、まあいいや。文字にしてみたら少し落ち着いたみたい。浮かれてるんだなぁ。だって心ここにあらずなんだもん。
夕日が差し込んできた。もうすぐ夜がくる。おばあちゃんと父さんと母さんと姉さんとフォルにお別れを言わなくちゃ。今までありがとうと、それからまたいつかどこかで会えたらいいねって。
バイバイしたら、待ち合わせに遅れないように出掛けよう。
最初で最後のデートだから、一番いい靴を履いていこう。母さんが焼いたパイも持っていこう。今夜は星が綺麗だといいな。いつものあの公園のベンチで、夜のお茶会なんてどうかな。
そんなにゆっくりできる時間はないかな。
あぁ、時間がない。準備は出来た。家族に笑顔でありがとうと言えた。外に出たら、街は誰もいないみたいに静かだった。あて名のない手紙をポストに投函したら、もう感じ尽くしたはずの寂しさや悲しさがこみ上げて来そうになって、走り出していた。
きっとあの手紙は誰にも届かない。俺の嬉しい気持ちは確かにここにあるのに、明日にはみんななくなって消えてしまう。
置き去りにしよう。もしも、万が一、なにかの狂いが生じてこの星が回り続けることが出来たのなら、いつか誰かに読まれる日も来るかもしれない。
そのときまでのタイムカプセルだ。

約束の場所までもうすぐ。
もう一度あの笑顔を見せてくれるかな。
飽きるくらい「好きです」と言ってもいいかな。
いいプレイが出来たときみたいに頭を撫でてくれるかな。
最後のそのときは、手を繋げたらいいな。