1/1 鳳宍ワンドロに投稿しました。
鳳は走る。
眠りから目覚めつつある住宅街を、ひとり風を切って走る。
松飾が視界の端に映っては消え、冷たい空気が上気した頬を刺す。
家々を照らし始めた朝日はきらきらと空気を輝かせ、鳳はしみるようなまぶしさに目を細めた。
アスファルトを蹴る足裏に力をこめる。
吐き出す息は白く後方に流れ、肺が冬の空気できりきりするほど全速力で駆ける。
鳳には急がなければならない理由があった。
コートのポケットに入った年賀状を、絶対に元旦に宍戸に届けたいのだ。
年賀状を正しく一月一日の朝に宍戸家に届けるため、鳳は正月の早朝から全力疾走している。
直接届けなくてはならなくなったのは、これはまったくの自業自得ではあるのだが、単純に年賀状の準備が投函期日までに間に合わなかったのだ。
年賀状はがき一枚にこめるには宍戸に伝えたいことがありすぎて、かといって文字ばかりの年賀状など晴れやかな年の初めにはふさわしいはずもなく、うんうんと唸りながらやっとのこと書き上げられたのが大晦日。
夜のうちに訪れてこっそりポストにいれておきたかったが、宍戸家は初詣客が多く通る道沿いに位置しているため叶わなかった。
それでもせめて暗いうちにと思っていたのに、ついうたた寝をしてしまい日の出を迎え今に至るわけである。
だがまだ朝のうち。
宍戸が起きてくる前になんとか間に合わせようと、鳳は走っている。
何度も行き来したことのある道をこんなに一生懸命になって走ったのは初めてだ。
一年の計は元旦にありというが、走ってばかりの一年になったらどうしようなどと考えているうちに宍戸家に到着した。通りに人の気配はない。
ゼェゼェと弾む息をなんとか整えて、鳳はポケットから年賀状を取り出した。
表門前のポストにきちんと正対し背すじを伸ばすと、両手の親指と人差し指ではがきの端をつまみ、そっとひたいに押し当てた。
祈るようにまぶたを閉じて、白い息を吐く。
また一年、一緒にテニスができますようにと願いを込めてしたためた年賀状。
結局、特別なことはなにも書けなかった。
オーソドックスな年始のご挨拶と、昨年のお礼、それから今年ももっとテニスがうまくなりたいという目標を少しだけ。
うさぎをかわいらしく描くのには苦労したが、練習した甲斐あってなかなかうまくいったと思う。
鳳はもう一度背すじを伸ばし、意を決して宍戸家のポストに年賀状を投函した。
そのとき、宍戸の家の玄関が開き犬が勢いよく飛び出してきた。
鳳と目が合うやいなや、嬉しそうにしっぽを振りワン!と一声あげる。
驚いた鳳は飛び跳ね、歩道の真ん中で逃げも隠れもできず硬直してしまった。
「あれ? 長太郎じゃん」
リードを持って出てきたのは、年賀状の宛先である宍戸本人だ。
ちょうど飼い犬の散歩に出かけるという出で立ちで、ランニングシューズのつま先をトントンと地面に打っている。
年賀状をポストに入れたら人知れず立ち去るつもりだった鳳の背中に冷や汗が流れた。
走ってきたせいですでにコートの下は汗ばんではいたが、それとは違ういやな汗だ。
なぜ正月の早朝に宍戸の家の前にいるのか、それを問われたらなんと答えてよいものか。
「なんでうちにいんの? 今日って自主練の約束してたっけ?」
言い訳を思いつく前に問われてしまい、鳳はぐっと喉を鳴らした。
正直に言ってしまおうか。いや、変に思われるに違いない。けれどうまく言い訳できる気がしない。
ぐるぐると思案し黙り込む鳳を怪訝な表情で見つめていた宍戸は、飼い犬に急かされ表門に近づいてきた。
そして、毎朝の習慣なのだろうか、ポストをのぞき込んだ。
「あっ」
鳳は思わず声が出てしまう。
「お、年賀状入ってる。ん? 一枚だけ?」
ポストからはがきを取り出した宍戸は、かわいらしいうさぎのイラストと文面に目を通し、すべてを察した。
一枚しか届いていない年賀状は、郵便で届いたものではなく目の前の鳳が届けにきたものであることは明白だった。
宍戸は門越しに鳳を見た。
何か言いたげに口をハクハクさせている鳳の様子に、ふっと噴き出す。
「もしかして、これのために?」
鳳は穴があったら入りたい気持ちでいっぱいになった。
宍戸が目の前ではがきをひらひらさせながら、鳳の反応を楽しむかのように口元をにやけさせている。
その表情から、これ以上どう言い訳しても無駄だと観念した鳳は、開き直って深々とおじぎをした。
「あけましておめでとうございます」
「え、ああ、そうだった。あけましておめでとうございます」
揶揄おうとしていた矢先の丁寧なあいさつに虚を突かれつつ、宍戸も深々とおじぎをする。
宍戸の飼い犬であるチーズは、門を挟んで頭を下げる二人を交互に見つめてしっぽを振ると散歩を催促するかのようにワンと一声上げた。
「わかったって、散歩な。行こう」
宍戸は年賀はがきをダウンジャケットのポケットにねじ込んでリードを持ちなおした。
門を開けてチーズとともに歩道に出ると、立ち尽くす鳳の目の前に立ちスンッとひとつ鼻をすすった。
「配達より早くに届けにくるやつがあるかよ」
「郵便に出しそびれちゃって」
「長太郎らしいっちゃ、らしいけどよ」
宍戸がこぶしで鳳の胸を軽く小突く。
白い歯を見せて笑った宍戸につられて鳳も笑った。
「今年もいっぱいするぞ、テニス」
宍戸の言葉に、鳳は瞳を輝かせる。
それは鳳が一番に願ったことだった。
年賀状にははっきりとは書けなかった、今年本当にしたいこと。
宍戸も同じ気持ちでいてくれるだなんて、なんて幸先の良いお正月だろう。
「はい!」
鳳は満面の笑みでこたえる。
朝日が、寒さで赤らむ二人の頬を照らしていた。