腰の上にのしかかる重みと、濡れた感触で目が覚めた。
どうなっているのか、何をされているのか、まぶたを開く前からわかっていた。なぜなら眠る直前まで同じ温かさに包まれていたのだから。
「長太郎、起きたか?」
俺に跨る宍戸さんは、裸のままほっぺたをうっすら染めていた。カーテンから漏れてくる朝の光がちっとも爽やかに思えないほど、濃いフェロモンの香りが寝起きのまっさらな頭に染み込んでくる。
「おはよう、宍戸さん」
深く息を吸い込んで、肺いっぱいに宍戸さんのヒートを植え付けた。
むず痒そうに腰をもぞもぞさせる宍戸さんは、もうすっかり発情して俺のフェロモンを待っている。溢れる愛液を俺に塗り付けて、俺が眠っている間もずっと誘っていたのかな。
やっと体が起きてきて、奥に熱が生まれて、俺のペニスはあっという間に硬くなった。
それに気づいた宍戸さんは嬉しそうに目を細めて腰を浮かすと、慣れた手つきで俺のペニスを支えてアナルに押し当て、ゆっくり飲み込んだ。
「あぁ、やっと来た。長太郎の匂いも、硬いのも」
俺と繋がったまま深呼吸した宍戸さんは、頬をさっきまでよりも朱く染めて微笑んだ。俺のフェロモンを吸えたことがすごく嬉しいと、宍戸さんは何度も深呼吸を繰り返した。
「そんなにいい匂いですか?」
「安心するんだ。長太郎のこの香り。ずっと嗅いでいたくなる」
「宍戸さんもいい匂い。この香りで起きる朝は初めてですね」
うっとりしている宍戸さんの腰を掴んで、ちょっとだけ突き上げてみる。
不意に揺さぶられた宍戸さんは一瞬切なそうに眉根を寄せて、小さく声を漏らした。
「び、っくり、するから、急に動くな」
「宍戸さんのなか、気持ちいいんだもん。毎日してるのに全然おさまらない」
「俺も。ずっと気持ちいい。おまえのこと以外なにも考えられないのが、すごく幸せだ」
目元が染まって、唇が薄く開いて、瞳が潤んでいる。蕩けるように俺を見下ろす宍戸さんは笑みを絶やさない。
「宍戸さん、嬉しそう。どうしたんですか?」
「なんか、すげぇふわふわするんだ。起きた時からだ。巣を作った時みてぇに安心するっていうか、んっ……なかも、おまえが入ってるだけで、イイし、繋がってる感じが、する」
ゆっくり腰を上下させ始めた宍戸さんは、開きっぱなしの唇からため息みたいな声を漏らして心地よさそうに喘いだ。
腰を落とすときは、律義にペニスの根元まで飲み込む。ときどき、腸壁を何度か締め付けて俺のペニスの形や硬さを確かめ、満足してから腰を引き上げる。
ゆっくり、ゆっくりと、俺とのセックスを味わうように動く宍戸さんがあまりにも恍惚としているので、強く揺さぶりたい衝動を腹の下に力を込めて堪えた。
「はぁ、ぁ、ごめんな、俺ばっか、きもちいい」
「そんなことないですよ。宍戸さんが気持ちいいと、俺も、気持ちいい」
「んっ、よかった、っ、もうちょっと、で、イキそ」
「動きましょうか?」
「っあ、や、このままで、いい」
膝を立てた宍戸さんは、屈み込むようにして俺の体のわきに手をついて律動し始めた。
こちらから見るとM字に開脚している宍戸さんは、決して楽な体勢ではないだろうに一生懸命に腰を振って快感を追いかけている。
勃ち上がった宍戸さんのペニスの先は甘そうな蜜を零していて、ぱくっと咥えたくなってしまう。宍戸さんが動くたびに俺の腹の上に垂れ落ちてくるそれがいとけなくて、そっと手を伸ばせば宍戸さんは喉の奥でクゥと鳴いた。
「やっ、あ、ちょうたろ、そこ、にぎってて」
手のひらの中の亀頭は張りつめて熱く、ぬるつく先走りが俺の官能をくすぐる。
「ここ? なかもきゅうきゅうしてるのに、こっちも出ちゃいそうなの?」
「どっちで、イクか、わかんなっ、からっ」
「どっちも、ね、宍戸さん。どっちも気持ちよくなって」
「ん、んっ、なぁ、手」
「手? 繋ぐ?」
「ん」
空いている手を差し出せば、汗ばむ指先が絡んでくる。
宍戸さんは俺の人差し指と中指の間に薬指を入れてしまって、規則正しい繋ぎ方が出来なかった。それでも直す余裕がないようで、切羽詰まったように呼吸を詰まらせながら俺の手を強く握った。
「ねぇ、宍戸さん。宍戸さんのちんちん撫でてもいい?」
「ん、うん、あっ、それ、あぁっ」
「腰震えてる。気持ちいい?」
「きもちいい、いい、あぁ、も、だめ、イッ、く……っ」
ひときわ強く俺を締め付けて、宍戸さんは背中を丸めて俯いた。
根元まで飲み込んだまま腰をヒクヒクさせている。それにつられて内ももが電気が走ったように震え、宍戸さんはおなかの中で達した。
不規則に収縮する結合部も、俺に握られたまま精液を吐き出さずに張りつめるペニスも、朝露みたいに肌を輝かせる汗も、全部を俺に見られながら、宍戸さんは長い絶頂に浸っている。
荒い息と一層濃くなる香りの中、ペニスから手を離すと、ブルッと身震いした宍戸さんは俺に倒れこんできた。
「疲れました?」
俺の肩にひたいを擦らせて首を振って、宍戸さんは深く息を吐いた。そして俺の首筋に鼻先をあてて息を吸い込み「おはよ」と呟いた。
「刺激的な目覚ましでしたね」
「ムラムラして起きちまって、どうしようもねぇなヒートってやつは」
「昨日とはまた違う感じですか?」
「どっちかっつーと、おとといみたいな感じだな」
「ふわーっと?」
「そう、そんな感じ」
繋いでいた手を背に回して宍戸さんの肌を撫でる。顔を上げた宍戸さんは俺に軽いキスをして、もう一度唇を押し付け幼いキスをした。
「好き」
「ふふ、俺も好きですよ」
一日目のヒートでいろいろ吹っ切れたらしい宍戸さんは俺に取り繕うようなことはしない。思ったことを言い、好きなだけ甘える。αの庇護欲を掻き立てるのがΩの習性なんて言ってしまえば味気ないけれど、俺に見せてくれる宍戸さんが普段とかけ離れた言動をしていたとしても、どれも分け隔てなく愛しい存在であることに変わりはない。
ごろんとシーツに寝転がった宍戸さんを追いかけて覆いかぶさり、キスを返した。
開かれた足の間に位置取りながら、さっき宍戸さんのペニスを握っていた手のひらを舐めてみる。
舌先ですくった体液は微量だったけれど、ぬるぬるとまとわりついて味濃く感じられた。
「宍戸さんの味がする」
「今更」
「そうですね。はは、今更だ」
ぷっくり勃ちあがった乳首が色味を帯びている。敏感になっていると言っていたのを思い出して、指先では刺激が強いだろうと舌であやすことにした。
柔く、硬く、舌先で弾いて押しつぶす。刺激を与えるたびに甘やかに喉を震わせて反応する宍戸さんを可愛く思えば思うほど、もっと激しい刺激で突き動かしたくなるのはなぜだろう。
了解を得ずに挿入すれば、不躾な俺をさも当たり前かのように受け入れてしまう宍戸さんの胎内は熱くきつくペニスを締め付けた。
涙が出そうになる。
Ωであることに抗っていた宍戸さんが、αであるがゆえの傲慢さをぶつけてしまったあの頃の俺を赦してくれているような気がするからかもしれない。
きっと宍戸さんはそんなこと思ってやしないだろう。
番になって、唯一無二の存在になって、俺が宍戸さんのどんなわがままでも愛せるように、宍戸さんも俺のことを大事に思ってくれている。そんなシンプルな気持ちだろう。
けれどやっぱり、あんなに嫌がっていたヒートを待ち望んで、番うことを選んで、俺と繋がることを強く求めている宍戸さんの姿に、どうしようもなく涙がこみあげてしまうのだ。
「ちょ、たろ、ゆっくりじゃ、なくて、いいから」
涙をこらえようと歯を食いしばっていたら、宍戸さんは俺の腰に足を絡めて吐息の合間に囁いた。
本格的に動き始めない俺が、さっきまでと同じようにゆっくりなペースでセックスしようとしていると思ったようだった。
「いいんですか?」
「俺の好きにしたから、今度は長太郎の好きにしていい」
「さっきのだって、俺はイッてないですけど気持ちよかったですよ?」
「わかってるよ、そんなこと。そうじゃなくて、おまえの好きにされてぇの」
「俺の、好きに?」
「おう」
「え、じゃ、じゃあ、ちょっとだけ強くしてもいいですか?」
「ん」
宍戸さんは俺の腰に絡めていた足をそれぞれ自分で持って引き寄せた。繋がっているところがより露わになって、甘いフェロモンが俺を誘惑する。
腰を打ち付けて押し上げるように揺さぶると、宍戸さんは喉を反らして喘いだ。
続け様に剥き出しの欲情をぶつけて律動すれば、宍戸さんの肌から汗がぶわりと噴き出してくる。
俺を締め付けながらとろとろの愛液を溢れさせて、成されるがまま宍戸さんは昂っていった。
「あぁぁっ! あ、んぁっ」
「宍戸さんの、奥っ、ここ、?」
「そこ、あっっ、おくっ、おくぅ!」
「はは、知ってる。ぱくぱくしてる。すっかり発情してくれて、んっ、俺のこと、迎えに来たんだね」
「うん、うんっ、ちょおたろの、ここに、ほしぃ」
「いっぱい、いっぱい、あげますよっ」
宍戸さんの手を取ってシーツに縫いつけた。
俺に全部を繋ぎ留められて嬉しそうに目を細める宍戸さんに性急すぎるキスをして、その一番奥で射精した。
精液を吐き出すことで頭がいっぱいの俺に舌を絡めて、流れていく唾液を宍戸さんは喉を鳴らして飲み込んでいる。
この瞬間、宍戸さんを支配したのは俺で、俺を搾取したのは宍戸さんだった。
バースの宿命だろうがなんだろうが関係ない。
支配も搾取も、番である俺たちにとっては湧き上がるような愛情だった。
「宍戸さん、お薬飲みましょ」
また昨日と同じく時間を忘れてお互いを貪ってしまい、気が付いたら昼をとっくのとうに過ぎていた。
俺にはりついて離れようとしない宍戸さんを毛布に包んだ隙に避妊薬と水を持ってきて、どうにかして飲んでもらうように説得しているところだ。
「別に薬飲まなくてもいいじゃん」
「でもまた俺いっぱい出しちゃったし」
「だから、それでいいじゃねぇかって言ってんの」
「ダメですよ! Ωとαの卵子と精子は受精しやすいんですから」
「なんだよ、いやなのかよ」
「いやじゃないですよ? でも今はまだ早いですよ」
「なんで」
毛布を巻き付けて唇を尖らせる宍戸さんは聞き分けのない駄々っ子だ。
ヒートによってΩの本能が強く刺激されてるせいもあるんだろう。妊娠することを望んでいるみたいだった。
「宍戸さんはヒートが始まったのが最近じゃないですか。周期も安定していないし、ホルモンバランスだってまだ戻りきっていないでしょ。そんな時に妊娠したら宍戸さんの体にかかる負担がどれほどかわかったもんじゃない」
「それはそうだけど」
「焦ることないじゃないですか。そのうちヒートの周期も落ち着いて、宍戸さんの体が準備できたよって教えてくれますよ。そのとき二人で考えましょ?」
「……おまえがそうしてぇなら。でも俺、きっとまたおまえに奥で出せって言うと思うぞ? ヒートんときは難しいこと考えらんねぇんだ」
それは俺も同じだった。宍戸さんが際限なく求めてくるから、俺も際限なく与えたくなってしまうし、αの本能かセックスしている間は避妊の概念が頭からすっぽり消えている。
「うっ、それは俺もですけど……でもちゃんとコンドームしたりとか、とにかく気を付けます!」
宍戸さんはしぶしぶ俺の手から薬を受け取り水と一緒に一飲みした。
「わかってくれて嬉しいです。じゃあご飯作ってきますね」
腰の立たない宍戸さんをベッドに残してキッチンに向かう。昨日は適当な食事で済ませてしまったから今日はちゃんとしたものを作らなければ。
冷蔵庫に入っていた豚肉とキャベツを炒めれば回鍋肉っぽい野菜炒めが作れるし、冷凍してあるごはんを温めてインスタントの味噌汁をお湯で溶かせば定食っぽい食事になる。
手短に作ってしまいたかったので肉も野菜もザク切りで一緒くたに炒めて、お湯を沸かしている間に電子レンジに冷凍ご飯を突っ込んだ。
「あとは盛り付ければオッケー」
皿を選んでいたとき、背後からペタペタと裸足で歩く音が聞こえてきた。
振り向くと毛布をかぶった宍戸さんが裸のまま立っている。
「おなかすきました? もうすぐ出来るんでもうちょっと待ってくださいね」
「待てない」
毛布を払い落して抱きついてきた宍戸さんから甘ったるい香りが漂ってきた。
「また来た。ヒート。長太郎、なかに欲しい」
目元を染めて寄せてくる唇を拒むことなんてできない。
出来立ての野菜炒めも温め終了したレンジの電子音も一瞬で意識の外に放り出され、俺はシンクに手を付いて突き出された宍戸さんのお尻から滴り落ちる蜜液に呼び寄せられるようにペニスを差し出していた。
ヒート三日目でわかったことがある。
宍戸さんはいついかなる時も俺とセックスがしたい。衣食住なにを差し置いてでも俺とセックスがしたい。そして、俺はそんな宍戸さんとセックスがしたい。
けれどこのままでは二人とも餓死してしまう。何はなくとも栄養は取らないといけない。
俺がしっかりしなきゃ! ご飯を作って、家事もして、汗と体液まみれの宍戸さんを綺麗にして、一週間を乗り切らなければならない。
番って大変なんだなぁ。他の番の人たちもこうなのかな。
でも宍戸さんのためなら頑張れますから。
明日からも思う存分、俺のことを欲しがってくださいね。