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SIDE 宍戸
荒い呼吸と不規則に喉を震わせるあられもない声。汗だくの肌がぶつかり合う音と湿った空気。光を通す白いカーテンは西日でうっすら朱色に染まっていた。
肩にかけた俺の右足を抱き込むようにしながら、長太郎は緩急をつけて腰を振った。カリ首が後孔の入り口に引っかかるまでゆっくり引いて、勢いをつけて穿つ。また時間をかけて熱の塊が抜けていくと、じっくりと感度が高まっていく。同時に次に襲ってくる快感への期待も高まり、その後一気に突かれれば俺の体は簡単に悦ぶ。
そうやって繰り返し揺さぶられ続けていれば、いうことを聞かなくなった腹の中がいつの間にか収縮しだして長太郎に絡みつき始める。そのころにはもう体は汗と体液とローションで濡れていないところはなくなっていて、肌を合わせて融け合ってしまいたい衝動に駆られてどうしようもなくなるのだ。
長太郎から滴り落ちてくる汗が熱い。喉の渇きを覚えて腕を伸ばせば、覆いかぶさってきた長太郎は唾液にまみれた舌で俺の歯列を割った。大きく足を開かれながら抱きしめた背中に縋りつくも、汗で濡れた肌では指先が滑ってしまう。俺の咥内を蹂躙しながら、長太郎は律動を再開した。打ち付けられた衝撃で舌を噛んでしまわないように、口を開けて受け入れる。抑えられず漏れ出た声を、合わせた舌に乗せて長太郎になすりつけた。
「んあ、ちょ、たろう、っ」
「はぁっ、そろそろ、イっちゃいそ……いいですか」
「んっ、俺も、もう」
ぱちゅん、と濡れた水音を繰り返して長太郎は律動を速めた。ギリギリで踏みとどまっていた快感が弾けて、俺は自分の腹の上に白濁を散らした。一瞬熱さを感じたけれど、すぐに肌の温さとなじんでわからなくなる。達したまま揺さぶられ続けていたら、強すぎる余韻に浸る間もなく長太郎が欲望を吐き出した。
「はぁ、は、っ、んっ、いっぱい、出ちゃった気がする」
「ん、そっか」
「はは」
俺の中で長太郎の楔が硬さを失っていくのを感じながら、降ってくる口づけを受け止めた。唇に、頬に、まぶたにと、長太郎はたくさんキスをしたがる。触れ合いに慣れた今となっては、射精したあとの気怠い体を労うように口づけられる時間は心地いいものだ。
「気持ちよかったですか?」
「うん」
「俺もです」
ひたいに口づけながら、長太郎は腰を引いた。
「はぁー、気持ちよかったぁ」
汗だくのまま隣に寝転んだ長太郎がふにゃりと笑う。最中の表情とはまるでかけ離れた柔らかな笑顔は、いつも俺に恋しい気持ちを思い出させる。
胸がときめくってやつだ。
キュンと鳴るのかどうか知らないが、強く抱きしめられたときのように胸が苦しくなって長太郎に触れたくなる。
汗の流れる頬を撫でると嬉しそうに目を細め、またふにゃりと笑った。
「お疲れ」
「はい。いっぱい動きました」
赤みが引かない頬とうっすらと涙の張った瞳は、贔屓目に見てもきれいだと思う。情事のあとの艶っぽい長太郎を俺だけが見ることができる。自慢したいなんて思わない。誰にも見せるつもりはないから。
「眠いか?」
撫で続けていると眠気が襲ってきたのか、長太郎はうとうとし始めた。重そうな瞼をゆっくり持ち上げては開いていられないようですぐに閉じてしまう。
「眠い、かも」
「早くゴム取らねぇと中身こぼれるぞ」
「ん~」
「取ってやろうか?」
「自分で出来ますよぉ」
コンドームをつけっぱなしで眠りそうになっている長太郎に世話を焼いてやろうとしたけれど、自分で処理するらしい。
「宍戸さんに、そんなことまでお世話になるわけには」
眠そうに間延びした声で、長太郎はのっそり起き上がった。ティッシュを二、三枚渡してやって、こちらに向けられた背中が丸まるのをぼーっと見つめる。
「風呂入ってこようかな」
「はい」
「おまえは?」
「あとにします」
「そ」
体を起こしたら、ティッシュを丸めた長太郎が唇を寄せてきたから軽く触れるキスを返した。
「パンツどこだ」
「床に落としちゃったかも」
「あ、あった」
ジーンズの中に見つけた。脱がされっぱなしで脱け殻みたいになっている。パンツだけ穿きなおして部屋をあとにした。
SIDE 鳳
シャワーを浴びに行く宍戸さんの背中を見送って、操り糸が切れたようにベッドに倒れこんだ。宍戸さんが横たわっていたところはまだちょっと温かくて汗で湿っている。重い腕を上げて丸めたティッシュを少し遠くのごみ箱に放り投げた。
俺だけじゃないと思うんだけど、射精後の疲労感にはなかなか勝てないものだ。
ただ扱いて出すだけでも結構エネルギーを使うのに、不自然な体勢で力加減を微調整しながら腰をたくさん振って果てるセックスは全身運動と言っていいはずで、当然、筋肉疲労は相当なものになる。
ましてや宍戸さん相手だ。手を抜くなんてことするわけない。最中は宍戸さんの反応を目と耳と肌で感じ取ることに神経を集中させるから、それ以外のことはあまり頭に入ってこなくて、気付いたときには俺も気持ちよくなって出してしまっている。
付き合ったばかりの頃ならいざ知らず、いまだに隙あらば触れたがるものだから、飽きたりしねぇの?って宍戸さんに聞かれたことがある。
飽きるってなんだ。宍戸さんに? セックスに? 考えたこともない。
「ねむ……」
服を着直すのも億劫で、ベッドの端に丸まっているタオルケットを引き寄せて腰に掛けた。おなかを冷やすと宍戸さんに叱られるのだ。
宍戸さんは俺と違って行為のあとでもよく動く。ピロートークもそこそこにベッドから出て次の行動に移ってしまう。おまえは体力が無いんだよ、なんて言われるけれど、宍戸さんの体力が底なしなだけだ。そもそも体力云々の問題じゃないと思うんだ。気怠くて動きたくなくなるのは生理的なものじゃないのかな。
でも宍戸さんの優しいところは、俺に同じようにきびきび動くことを強要しないところだ。だから俺も、俺をベッドに残してどこかに行かないでくださいなんて言わない。……いや、たまに言っちゃう。だって、俺としてはもう少しダラダラしたり、汗で湿ったシーツの上で宍戸さんの体温とか声とか呼吸する気配だとかを感じてたりしていたいし、まどろみに抗わずにそのまま二人で朝まで眠ってしまいたい。
「ちょっとだけ、寝ちゃお」
いよいよもって瞼を開けていられなくなってきた。宍戸さんが戻ってくるまで少しだけ眠ろう。
SIDE 宍戸
ぬるめのシャワーで泡を洗い流す。汗も、あちこち噛まれ舐められた唾液も、吐き出してしまった精液も、腰の方にまで垂れたローションも、全部跡形もなく排水溝の中だ。風呂場に充満するボディーソープの香り。さっきまでの青臭い性の香りが俺の体から消えてしまった。
曇ったガラスにシャワーを向け、映った肌に鬱血痕を見つけた。見えるところに付けるなという俺の言いつけをちゃんと守った長太郎は、鎖骨の下にうっすらと独占欲を残したようだ。いつ付けられたのかを思い出そうとして見当がつかず苦笑いした。
長太郎と肌を合わせるのは好きだ。何より安心する。別に普段あいつとの関係に不安を感じているというわけではないのだけれど、純粋に安らぎ、いつの間にか手放しで体を委ねてしまっているのだ。長太郎に触れられると俺の中で何かがほどけていくのがわかる。プライドなのか、体裁なのか、こだわりなのかよくわからないけれど、触れ合っている間は俺を不自由にさせているものを忘れられる気がした。
「なんてな」
哲学的な意味合いなんかない。ただ単に、長太郎に触られるのが気持ちいいってことだ。
もう一度頭からシャワーを浴びてお湯を止めた。
体の表面は情事の痕を洗い流せても、腹の中に残るぼんやりとした不思議な感覚は消えない。こればっかりは長太郎に言ってもわからないだろうな。
俺は抱く抱かれるっていう役割をあまり意識したことがない。初めに好意と好奇心でこちら側を選んだのは俺だし、長太郎はそんな俺をきちんと尊重した。そりゃあ、俺がいつもやってることは本来経験しなくていいことなんだってことはわかっている。
俺たちのセックスは俺たちの間だけで完結する行為であって、結果として別の命が生まれるわけでは決してない。するとこれは意味のない行為じゃないかってことになるけれど、そうとはどうしても思えない。
俺をきつく抱きしめて果てた長太郎が、あんなに幸せそうに表情を蕩けさせることが無意味だなんて、そんなことあるわけがない。
浴室から出て、洗濯機の上の棚からバスタオルと下着を取り出した。洗い終わった下着はまとめてここに置くことにしている。稀に間違えて長太郎の下着を穿いてしまうこともあるけれど、それに気づいてもあいつはあまり気にならないようだった。今や俺に対してのパーソナルスペースは肉体的にも精神的にもゼロと言っていい。悪いのは俺だがちょっとは気にしてほしい。いくら親兄弟にも見せたことのない姿を見せあっている関係だとしてもだ。
「いやってわけじゃねぇけどな」
下着を身に着けて、濡れた髪をタオルで力任せに拭いた。
タオルを肩に掛けたまま部屋に戻ると、すっかり陽が落ちて薄暗くなっていた。
ベッドの真ん中には長太郎が突っ伏して眠っている。俺の枕を抱き、顔をうずめていた。苦しくないからこの格好で眠っているんだろうが、むき出しの背中に触れたら汗が冷えてひんやりとしていた。
風邪をひくから素っ裸のまま寝るなっていつも言ってんのに。
「長太郎。起きろ」
ベッドに腰掛けて頭を撫でてやったら、むずがるように体を縮めて「ん~」と鼻から抜ける声を出した。反応はしたが起きる気配がない。もう一度、髪を混ぜ込んで呼ぶとこちらに顔を向けてうっすら瞼を開いた。
「あれ、おかえりなさい」
「おまえも風呂入ってこい。体冷えてるぞ」
「はぁい」
「晩飯どうする? どっか食いに行くか?」
「えー、もうちょっと」
静まり返った部屋にシーツの擦れる音だけが微かに響く。長太郎は寝転がったまま俺の腰にまとわりついた。うしろから回した腕で俺の腹を撫で始める。腰掛けていることでちょうどいい高さの枕になった俺の足の付け根に、鼻先をつっこむようにして長太郎は顔をうずめた。さしずめ抱き枕にでもなった気分だ。
「まだ寝んのかよ」
「んー」
「ちょっとだけな」
へその下にぴったり合わせられた長太郎の手のひらは、冷えた背の肌に反してじっとり熱い。
テニスコートでハイタッチしていた、あの頃と変わらない熱さだ。
SIDE 鳳
シャワーを終えて戻ってきた宍戸さんはいつも、俺に触れて「長太郎」と呼ぶ。その声で目覚めるのが好きだ。瞼を開けばさっぱりした顔の宍戸さんが俺を見下ろしている。少し眠ったらだいぶ気怠さが消えた。だけど起き上がってしまうのはもったいなくて、わざとまだ眠いふりをした。
宍戸さんは寝起きの俺に甘い。今だって、せっかく洗い流してすっきりした肌に汗でべたべたしたままの俺がまとわりついてもそのまま好きにさせていてくれる。
本音としては宍戸さんの匂いが石鹸のこざっぱりした香りにかき消されたしまって少し残念に思うけれど、まだ水気が残りしっとりしている肌は触れずにはいられない触り心地で、たまらずおなかの辺りを撫でまわしてしまった。
この時間が好きだ。
情事の跡が残るベッドの上で素っ裸の俺は何も取り繕うことが出来なくて、唯一宍戸さんにだけ全てを許されていると実感できる時間。
綿あめが霧雨に溶けていくみたいに不安や悲しみは静かに小さくなっていき、かわりに激しい交わりとは異なる幸福感で満たされていく。
こういう、形に見えず言葉で説明するにはもどかしい気持ちを、愛とか言ったりするのかな。
触れ合うたびに満ち満ちて、これ以上の気持ちはないと思うのに、伝えるには俺は言葉を知らなすぎるから、また触れ合わずにはいられなくなる。
「長太郎」
宍戸さんの声で温かい霧雨が晴れていく。
夢と現実の淵にいるときはいつもより甘えるのを許してくれるから、完全に目覚めてしまう前にこっそり宍戸さんの腰骨にキスをした。