35℃を超える猛暑日が続いている。
茹だるような暑さとはよく言ったものだ。まるで風呂の中にいるかのように、湿気と汗でじっとりと張り付く衣類が鬱陶しい。
体中にまとわりつく暑さから逃げるようにして自宅に帰り着いた宍戸は、うんざりとした手つきで汗にまみれたシャツを脱ぎ、洗濯槽に放り込んだ。
「おかえりなさーい」
リビングの方から間延びした声がする。
「先、風呂入る」
バスルームの扉をあけながら声を上げると、「はぁい」と再び間延びした声がした。
温度が上がりきる前の冷たいシャワーを頭から浴びる。
身震いした肌が、じわじわとぬるくなってきたお湯に温められていく。
宍戸は自分の体を見下ろした。
数日前、海に行ったときに日焼けした。パラソルに入らず仲間たちとはしゃいでしまったせいだ。
サンダルのあとがついたまま足の甲から膝上までこんがりと色が違う。腰から上もおなじように色が濃いが、水着に隠されていた部分は日焼けせずに生っ白いままだ。
あの日、宍戸の肌の色を変えたのは太陽光だけではなかった。
足の付け根の辺りには点々と薄朱に色づく鬱血痕が散らばっている。
痕をつけたのは鳳だった。
海の家の簡素で狭いシャワー室で、塩辛いままの肌に吸い付かれた。
そんな数日前の情事を思い出し、宍戸はそっと息を吐く。
肌をすべる水の流れに逆らって膨らみ始めた中心から目をそらすが、一瞬考えて右手でそれを握りこんだ。
浴槽のへりに腰掛けて、降り続けるお湯に打たれながら上下に扱く。
鳳に鼠径部を吸われたときのことを思い出しながら昇りつめていく。
高ぶるにつれ自然と足が広がってしまうのは、鳳を受け入れてばかりの体に刻み込まれた癖のようなものだ。
後ろにも指を挿入しようとするが潤滑剤を用意していなかったため滑りが足りず、入口のあたりを抜き差しする程度にとどまった。
それでも性感を与えるには十分で、宍戸は唇を噛みつつ息をつめて射精した。
生理的な衝動を吐き出したからか、暑さに辟易していた気分が不思議とすっきりしてくる。
息が整うのを待ちながらしばらくお湯とともに流れてゆく精液を見送っていた宍戸だったが、ふと物足りなさを感じてゆっくりと立ち上がった。
手早く体を洗って浴室を出ると、腰にタオルを巻いただけの恰好で髪の毛もろくに乾かさずリビングに向かった。
エアコンに冷やされた空気が肌をまとう。
宍戸の足はまっすぐに、ソファーに腰掛けたままうたた寝している鳳のもとにたどり着いた。
「なぁ」
声をかけただけでは目覚めない。
宍戸は鳳の膝に乗り上げ首に腕を回した。
何度か唇を寄せると、鳳はまぶたを薄く開け、定まりきらない目線を宍戸に寄越した。
「なぁんですか?」
まだ眠いのだろう。目を細めふわふわとした口調で答えながら、それでも鳳の両腕は宍戸の腰を抱く。
なんですかと口にしたが、特に返答を求めているわけではないようだ。
鳳が常に構われたがっていることをいやというほど知っている宍戸は、それが睡眠を妨げたことへの批難の言葉でもないことをわかっていた。
宍戸は、ゆるむ鳳の唇を甘噛みした。
眠気に勝てない鳳が、まぶたを閉じたまま嬉しそうに微笑みを浮かべる。
まどろむ鳳は可愛らしく、宍戸もつられて笑顔になった。
だが、それでは宍戸の物足りなさは解消されない。
鳳との交わりを反芻しながら自慰をしたせいで、宍戸は鳳と直接肌を合わせたくなってしまったのだ。
付けられた吸い痕に煽られるとはいささか安直すぎるが、同時に、好いている相手の体を求めることに理由なんかないとも思う。
宍戸は繰り返し鳳に口づけた。
鳳は微笑むばかりで、夢と現実を行ったり来たり、目覚める気配がない。
宍戸は粗暴すぎることをして叩き起こすつもりはないのだが、少し強硬手段をとらせてもらうことにした。
鳳の服の上から胸元を撫でさする。
鳳はくすぐったそうに体をよじった。
ふふ、と小さく笑い声をあげる唇を塞いで、宍戸は布越しに両の突起をつまんだ。
鳳が息を詰める。
優しく揉みほぐすように刺激すれば、そこはみるみるうちに硬さをもって主張してくる。
「ちょっと、そこは」
「好きだろ?」
「そう、なんだけど」
逃げるように背を丸める鳳を追って顔を寄せ、宍戸はその唇をこじ開け舌をねじ込んだ。
こたえるように鳳の舌が絡んでくる。
ようやく火が点き、目覚めた鳳の手に宍戸のタオルが剝ぎ取られる。
あっという間に体勢が逆転し、宍戸の体が背中からソファーに沈んだ。
「したくなっちゃった。いいですか?」
鳳は覆い被さりながら、宍戸の頬やらひたいやらに口づける。
先に仕掛けたのは宍戸の方なのに律義に許可を求めてくる鳳がいじらしくて、宍戸は鳳の頬を両手で包んで口づけを返した。
鳳が寝室からローションボトルを持ってくると、宍戸はそれを受け取り自ら後ろに塗りこんだ。
少しでも早く準備を済ませたい。
手伝おうとしてくる鳳の手を遮り、中までたっぷりと濡らす。
今はじっくりと前戯に時間をかけるよりも、二人でくっつき合って行為に没頭する方が気持ちよさそうに思えたのだ。
衣服を脱ぎコンドームをつけ終えた鳳が宍戸の頬を撫でた。
「触っちゃだめですか?」
「もう少しで、終わるから」
「でも」
ほとんど宍戸の準備は整っていて、仕上げにローションを足せば完璧というところだった。
あまり中の性感帯には触れずにいたつもりだが、それでも息は上がり中心は硬くなっていた。
鳳の手が宍戸の勃ち上がった中心に伸びる。
そして先端に触れると、溢れている体液を指で掬って口に含んだ。
「宍戸さん、お風呂でシた?」
まっすぐに目を合わせてたずねられ、宍戸は眉間にしわを寄せた。
鳳は宍戸の体液に精液が混じっていることに気付いたのだろう。
作業じみた前準備で宍戸が達するはずがないということを、今まで散々体を重ねてきた鳳は知っている。
つまり、それよりまえに射精した残滓であると結論付けたようだ。
「そういうのはわかってても言うんじゃねぇよ」
うしろから指を抜いた宍戸は、自慰行為がバレてしまった気まずさを感じながらも動揺した姿は見せまいとポーカーフェイスを装う。
追及する時間を与えずに、さっさと鳳を受け入れるべく体をずらして位置を調整しようとするが、大の男が狭いソファーに収まるはずもなく片足が床についたままになってしまう。
後背位に変えた方がいいだろうかと上半身を起こそうとすると、鳳に胸を押されもとの体勢に戻された。
「自分でするより気持ちいいことしましょ」
「だから誘ってるだろ」
「あ、そっか。それで起こされたんですねぇ」
床についている宍戸の片足を抱えた鳳は、今度はなんの許可も得ずに隆起した中心を後ろにあてがうと、ゆっくりと腰を沈めた。
揶揄されたのを指摘しようとしていた宍戸は口をつぐみ、鳳が入ってくる感覚をまぶたを閉じて甘受した。
物足りなさは一瞬にして消え失せ、待ち望んだ異物を逃すまいと腹の中が収縮するのがわかる。
熱い手のひらに腰を掴まれ揺すられる。
断続的に腹の中の性感帯を刺激され、快感とともに得も言われぬ幸福感が内側から溢れてきた。
これが欲しかった。
口端がゆるむのを抑えられない。
宍戸がなおも目を閉じたまま鳳を堪能していると、首すじをやわやわと噛まれた。
声がでて、思わず鳳を見る。
宍戸を見つめる鳳の瞳は射抜くようだった。
しかしすぐさま細められ、微笑みをたたえながら唇を寄せてきた。
唇を開くと上あごを舐められる。
奥を突かれるたびに声が漏れる。
宍戸はぴったりとくっつきたくなって、鳳の背に両腕を回して抱きしめた。
より鳳に密着しようと腹の中できつくしめつけると、なぜか足の付け根の吸い痕がじんじんと熱くなる気がした。
あの日、吸いつかれながら扱かれ、長い指で中を撫でられ、丹念に準備されてから立ったまま穿たれた。
海で遊んだ疲労感と声を殺さなければならない状況下での背徳感、それらに性的な心地よさが重なってたまらなかった。
思い出すと、腹の中が切なくなる。
切なくなると、もっとしめつけずにはいられなくなる。
宍戸の変化に気づいた鳳が「きもちい?」と聞いてきたので、宍戸は口端をきゅっと引き上げて腰を突き上げた。
心得たとばかりに鳳は律動を速める。そうされると、もう思い出にふけってはいられなくなった。
宍戸はされるがままに受け止め、深くまで感じてどうしようもなくなる。
頭の中がぼんやりしてきて、なりふり構わず鳳に抱きつき腰を押し付けた。
二人の呼吸が乱れて限界が近づく。
そして宍戸が先に、次いで鳳が達した。
「ねぇ、宍戸さん」
覆い被さる鳳が、息を切らせたままたずねる。
「どんなことを考えながら一人でシたの?」
宍戸は「変なとこ気にしてんじゃねぇよ」と素っ気ない態度で答えつつ期待していた。
本当のことを教えたら、鳳は高揚してもう一度体を求めてくるだろうか。
そのときは同じところに吸い痕を増やしてほしい。
隠れたところにつけられた秘密の所有印を見下ろすたびに、宍戸は何度も昂ってしまうから。