stay

簡単な一言が言えない、なんてことはよくあることで、午睡を貪り日の傾きかけたころに目覚めた鳳長太郎は呆然と天井を見つめていた。ソファーに上背のある体を折り畳むように収めて眠っていたせいで、かすかに筋肉の動きがぎこちなく、良く寝たはずなのにかえって疲れてしまった。体を起こした鳳は、無理な体勢で眠ってしまった後悔を追いやるようにゆるやかに頭を振った。
「起きたか」
背後から声がし、鳳はまた一つ後悔を覚えながら首だけで振り向いた。
フローリングに直にあぐらをかき雑誌をめくっていた宍戸が立ち上がる。
「宍戸さん」
「ほんと、よく寝るなぁ、おまえ」
鳳は宍戸と過ごすはずの時間を惰眠に費やしてしまった後悔を隠すことなく表情に乗せた。寝起きの不機嫌さも相まって、眉間にしわを寄せ、苦虫をかみつぶしたように口元を歪ませ宍戸を見る。
「ぶっさいく」
宍戸は立ったまま両手で鳳の髪をわしゃわしゃと混ぜた。寝癖がついてあちこち跳ねていた髪の毛がさらにまとまりのない形にされる。
鳳は宍戸の手のひらに頭を委ね、好き勝手されることに心地よさを感じていた。不細工と言われたこともまったく気にならなかった。近しい関係性でなければ角が立つ言葉や行動は、宍戸から出たものであれば何一つ鳳の心を毛羽立たせることはないのだ。
理由はひとつ。鳳は宍戸を好いている。彼の人生を独占したいという意味で。
「せっかく遊びに来てもらったのに寝るなんて、すみません、お構いもせず」
「大げさだな。遊びに来たからって、別になにかしなきゃいけねぇってわけでもないし」
ジローなんて未だにうち来ても寝てばっかだぞ、と宍戸は幼馴染の例を出して朗らかに笑った。鳳にもこの先輩の行動は容易に想像できるものだが、一緒にされるのは複雑な心境だ。
宍戸にとって鳳はただの後輩で、しかし部屋を行き来するくらいには気を許し合っていて、それは友人に近い関係と思ってもいいのではないかと鳳は自負していた。
もうすぐ大学生活も二年目になる。ということは、宍戸がこの部屋に気軽に遊びに来るようになって一年が経つわけだ。いい加減、一人暮らしも板についてきた。同時に、宍戸がこの部屋で勝手知ったる振る舞いをすることにも慣れた。たとえば帰るのが億劫になってシャワーを借りた宍戸が無防備に半裸のまま部屋の中をうろついても、鳳は心拍数の上昇と邪な感情を一切悟らせずに宍戸と夜を過ごすことが出来る。片思い検定なんてものがあるとしたら、鳳は有段者だと思っている。
鳳が起きてソファーに空きが出来たので、宍戸は読みかけの雑誌を持って鳳の隣に腰かけた。深く背を沈めてぞんざいに足を組み、誌面に視線を落とす。
その横顔を盗み見ながら、鳳はいつまで経っても言えないでいる簡単な一言を頭の中で呟いた。連動してほんの少し唇も動いたが、声にはしなかった。
簡単な一言は今日も言えない。
言えないから、隣にいられる。
鳳は宍戸に混ぜられぐちゃぐちゃになった髪の毛に指を絡ませ、そっと梳いた。