鳳長太郎がそのしるしを見つけたのは、部活終わりのロッカー室でのことだった。
着替えの途中、上のユニフォームを脱いだままベンチにどっかり腰かけた宍戸の、ハーフパンツがめくれて露出した内ももにそれはあった。
直径一センチの、すもも色の虫刺されあとだ。
ユニフォームに隠れて日焼けしていない肌にぽちりと浮かぶそのしるしを目にした鳳は、いやに落ち着かない気分になった。
先週末のことを思い出したからである。
鳳は宍戸と、いわゆる恋人としてお付き合いをしている。
お互いの好意を確かめ合ってそういう関係になったわけだが、そこから先へは一進一退をくりかえしていた。
先週末、鳳は意を決して宍戸を自宅に招いた。
二人きりの部屋で、それまでは指で数える程度しかしたことのなかったキスをたくさんした。
舌同士をあわせるなんてことも初めて経験した。
深いキスに夢中になって、宍戸の唾液を啜った時なんかは興奮で頭がおかしくなりそうだった。
そうしているうちにどんどん宍戸のことが欲しくなって、そして宍戸にも触れて欲しくなった。
下着の中のペニスは既に痛いくらいに膨張していた。
熱くなった鳳自身に宍戸の手を導いたのは、どさくさまぎれの勢いだった。
思考する余裕なんてなかった。
一瞬驚いた表情を見せた宍戸だったが、すぐにぎこちない手つきで鳳の下着の中に手を差し入れてきた。
触れられた瞬間、鳳はぞくぞくと体を走る性的快感に抗うことなく射精した。
下着と宍戸の手を濡らす青臭い白濁を見下ろし、鳳の中でなにかが弾けた。
宍戸のジーンズを下着ごとずり下げて、同じく勃起していたペニスを握る。
あ、とか、う、とか宍戸は呻いたが、鳳は自分の心臓の音がうるさくて何も聞こえなかった。
二度三度手を上下させたら、宍戸の尿道から精液が飛び出してきた。
白濁は宍戸の衣服とフローリングを汚し、そして鳳の手を濡らした。
たまらなかった。
触れただけで、宍戸を今まで見たことのない表情にさせた。
射精なんて、一番無防備でだらしがなくて隠しておきたい行動を、鳳はその目でしかと見たのだ。
早い呼吸を繰り返す宍戸の首筋に吸い付いたのは無意識だった。
その肌にうっすらついた吸い痕は次の日にはきれいに消えてなくなっていたけれど、鳳はその日の出来事を毎晩頭の中で反芻しては自慰をした。
鳳が今見下ろしている虫刺されの痕は、あのときの吸い痕に似ていたのだ。
チームメイトがぞくぞくと帰宅していく中、宍戸と鳳はまだロッカー室にいた。
ベンチに腰掛けたままの宍戸は、タオルで汗をぬぐいながら涼んでいるようだ。
鳳はすでに制服に着替え終わっていたが、宍戸と一緒に帰る約束をしていたので備品の整理をしたりして時間を潰していた。
「じゃーな、また明日」
「おぅ」
「お疲れ様でした」
鳳たち以外に残っていた最後の部員が部室から出ていった。
その背中を見送り、鳳は宍戸のもとへと歩を進めた。
そして躊躇うことなく、投げ出された宍戸の両足の間に跪いた。
上半身裸のままの宍戸は、突然足もとに正座しだした鳳を驚いた様子で見つめた。
「長太郎? なにやってんだ」
「あの、俺、我慢できなくて」
「我慢?」
「あの、あの……」
「?」
懇願の瞳が宍戸を見上げた。
「宍戸さんの、この、蚊に刺されたところ、舐めてみてもいいですか?」
宍戸の返事を待つことなく、鳳はすもも色のしるしに舌を這わせた。
ベタベタする生乾きの汗が塩辛い。
宍戸が掻いたあとなのだろう。なだらかな山のように膨れた虫刺されは周りの肌に比べて熱を持っていた。
何度も何度も舌で舐め上げる。
そのたびに宍戸の内ももは鳳の舌から逃げるように震えた。
「やめ、長太郎、そこ、痒い、から」
引きはがそうとするのか、宍戸の手が鳳の頭を掴む。
抵抗するように、鳳はしるしにぴったりと唇をつけて強く吸い上げた。
「あっ、や、」
ちゅぽんと音を立てて唇を離して見ると、しるしは先ほどよりも濃く色づいている。
鳳はそのふくらみを甘噛みし、歯の先で引っ掻いた。
「っ、ん、それ、やめ、」
「いやですか?」
「かゆい、って」
わずかに上擦った声を聞いて、鳳はしるしごと内ももに噛み付いた。
「んんっ」
少し顎に力を入れただけで皮膚に歯が埋もれていく。その危うさが、鳳の中に嗜虐心にも似た衝動を芽生えさせる。
甘噛みしては吸い付き、唾液が垂れるのも構わずに宍戸のしるしに執着してしまう。
汗の味がしなくなるまで舐めしゃぶり、涎で濡れた内ももをふと見れば、柔らかな皮膚には鳳の噛み痕がくっきりと残っていた。
その生々しさに、ようやく鳳は自分のしでかしたことを認識した。
「おまえ、なんで、そんなとこ」
つとめて冷静に話そうとする宍戸だが、声には隠しきれない甘さを含んでいる。
熱くなった顔を上げられない鳳は、深く首を垂れたまま宍戸に謝罪した。
「す、すみません、あの、俺、この前のことが忘れられなくて」
「この前……?」
「宍戸さんが、うちにきた日のこと……」
後先考えず性欲をぶつけた週末のこと。
それっきり押し黙ってしまった宍戸を伺い見ようと、鳳はおそるおそる顔を上げた。
だが宍戸の顔に辿り着くより先に、目の前の股間に視線が止まる。
白いハーフパンツの下でもわかるくらい、それははっきりと存在を主張していた。
「宍戸さん」
鳳の手がハーフパンツに伸びる。
またしても宍戸の返事を聞かずにずり下げたハーフパンツから、勢いよく勃起したペニスが飛び出した。
「まっ、なにしてんだ長太郎!」
据わった眼をして股間を凝視する鳳の姿に流石に面食らった宍戸は、握られたハーフパンツを奪い返そうとする。
しかし鳳は手を離さなかった。
それどころか、逃げ腰になる宍戸の腹部に頭を突っ込んで亀頭にむしゃぶりついたのである。
「ばっか! おまえ、こんなところで何やっ、て……っ!」
根元まで一気に咥え込んだ鳳は、舌を裏すじにぴったりとくっつけて吸い付き頬をすぼめた。
汗のしょっぱさと、陰毛から立ち上る男の匂いに頭がくらくらする。
なにせ散々運動をしたあとだ。
宍戸の濃い男臭さを味覚と嗅覚で味わって、鳳は涎が溢れるのを止められなかった。
「あっ、ちょ、たろ、それ、だめだ、って」
吸い付いたまま頭を上下させ始めた鳳の肩を、力の入らない指で押す宍戸の声が上擦っていく。
すぼめた唇でカリ首を何度も引っ掻けて、鳳は否応なしに宍戸を絶頂に導いていった。
どこをどうされたら弱いのかなんて、同じ男の鳳には手に取るようにわかってしまう。
亀頭を強く吸って尿道口を舌でチロチロとくすぐれば、宍戸は鳳の咥内にあっけなく精液を吐き出した。
「はぁっ、はっ、っ、おまえ、なんで」
「んっ……宍戸さんの味、へへ」
「……飲んでんじゃねぇよ」
ため息を吐いた宍戸は、力なく鳳のひたいをデコピンした。
鳳の暴走癖には慣れてはいるが、部活で体力を使い果たしたあとの射精はさすがに疲れる。
宍戸はベンチの背もたれに体を預け、天井を見上げた。
内ももにジンジンと残る痛痒さを思いきり掻きむしってしまいたいのを堪え、遠い目をする。
初めて口淫をされたのが部室だなんて、明日からどんな顔をして部活に励んだらいいのか。
そうだ。いっそ鳳を巻き添えにしてやろう。
宍戸は、勃起しているであろう鳳の陰茎も慰めて、自分と同じく部室に入るたびに赤面するような思い出を作ってやろうと思い立った。
性的奉仕に対する宍戸の認識はギブアンドテイクだ。わかりやすく言い換えると、やられたらやり返す。
それにしても腹が減った。健全な青少年は常に空腹と戦っている。
家に帰って夕飯にありつけるのは何時になることやら、と鳳を呼ぼうとしたその時、胸に熱いものが触れた。
見ると鳳が宍戸の左胸に手をあてている。
その人差し指と中指の間にはツンと尖る乳首があった。
「ちょ、長太郎?」
嫌な予感はなぜか当たってしまうものである。
鳳の顔がだんだん胸に近づいてくる。
そして瞳を輝かせた鳳は、ここにもしるしがあった、と嬉しそうに呟いた。