トリシシおうち診断からお題頂戴しました
“小さな台所で お互いの体の贅肉をつまむ 次の日のデートに浮かれている鳳宍”(デート感はどこかにいきました)
明日は日曜。晩御飯を食べ終わったし、お風呂にも入ったし、あとは眠るまでの時間をゆったり過ごすだけ。
ソファに沈んで、読みかけの小説をめくっていたら、俺の後にお風呂に入った宍戸さんが濡れた髪をバスタオルでごしごし拭きながら戻ってきた。
「さっぱりしました?」
Tシャツとハーフパンツ。昔から宍戸さんの寝巻は変わらない。
「おう。最近暑いしよ、シャワーでいいやって思うんだけど、やっぱ風呂につからねぇと入った気しねぇよな」
「あはは、わかります。シャワーだけだとなんとなく疲れが取れないですよね」
「でもなぁ、あっちーわ」
髪を拭いていたタオルを肩にかけて、宍戸さんはエアコンの下を陣取った。
入浴で火照った体を冷やしたいのだろう。けれどエアコンから流れてくる風は、冷たくとも勢いがあるわけではない。不満そうにTシャツの襟元をパタパタさせた宍戸さんは、雑誌と一緒に本棚に突き刺しているうちわを抜き取って俺のところに持ってきた。
「ん」
「はいはい」
団扇を受け取って、しおりを挟んだ小説をローテーブルに置く。ラグの上、俺の足元に胡坐をかいた宍戸さんは、タオルをソファに放って俺を見上げた。
その顔に風が当たるようにうちわを扇ぐ。目を閉じて風を受け止める宍戸さんは、涼しそうにふぅと息をついた。
「扇風機、捨てなきゃよかったですね」
去年ここに引っ越してくるときに捨ててしまった扇風機が恋しい。宍戸さんが学生のころから何年もの間使っていたそれを、もうくたびれたから処分しようと言ったのは宍戸さんだったけれど、俺はあの扇風機から流れてくる風で黒髪が揺れるのを、こっそり見ているのが好きだった。
「だってこの部屋には似合わねぇだろ。こんな小洒落たマンションに年季の入った扇風機は場違いだって」
「俺、好きでしたよ、あの扇風機。レトロな感じがして」
「おまえが言うと嫌味に聞こえるな」
「ひどいなぁ。本当のことなのに」
俺がうちわで送る風で、宍戸さんの前髪が揺れている。
ひたいにうっすらにじむ汗、火照ったほっぺた、無防備に閉じられたまぶた、さらけだされた喉元、そして、薄くひらいた唇。
「宍戸さんったら、色っぽい顔しちゃって」
「あぁ?」
威嚇するように俺を睨み上げる宍戸さんの凄味にも、慣れたものだ。
「もー、なんですぐそういう可愛くない顔するの。せっかくいい表情してたのに、台無し」
「余計な事言ってねぇで、せっせと扇げ」
「はいはい。あーあ、キスしときゃよかった」
「あとでな」
「あれ、怒らないんだ? じゃあ、せっかくだからキス以上のこともさせてくれます?」
「おまえが俺をその気にさせられたらな」
立ち上がった宍戸さんは、バスタオルを洗濯機の中に放り込んでキッチンに行ってしまった。
宍戸さんの一言ですっかりその気になってしまった俺は、うちわを仕舞っていそいそと後を追う。
言葉のじゃれ合いを一刀両断しない宍戸さんは、昔に比べて珍しいものではなくなったけれど、それでもやっぱり受け入れてもらえるのは嬉しくて心が躍ってしまう。これはもう、俺の習性みたいなものだ。
キッチンをのぞくと、宍戸さんは冷凍庫を開けてなにやら物色していた。
「おまえも食う?」
宍戸さんが取り出したのはチョコレートアイス。パイントサイズのお徳用。少し前に見た海外ドラマで、バケツみたいに大きな入れ物から直接スプーンでアイスクリームをすくって食べているシーンがあって、年甲斐もなく憧れてしまった俺たちはスーパーに並んでいるもののなかで一番大きなものを買ってきた。それがこれ。ドラマの中のアイスクリームには到底大きさは及ばないし、子どもみたいに無邪気に直接スプーンを突き立てて食べたりはしないけれど、食べたいときに好きなだけ取り分けられるのは楽しいしなにより美味しい。
白い器を取り出した宍戸さんは、大きなスプーンでチョコレートアイスをごっそりすくった。もうひとすくい、さっきよりは心持ち少なめにすくって器に移す。そして一口分だけすくって、口に運んだ。
「あ~、風呂上りのアイス最高」
もう一口アイスをすくって、宍戸さんは俺に差し出した。
「ん」
「あ~ん」
口の中に冷たさと濃厚な甘さが広がる。味わっている俺を横目に、宍戸さんは二口目、三口目をどんどん頬張っていった。
「宍戸さん、最近そのアイス好きですよね」
「うん、これうまくね?」
「おいしいですけど、そんなに食べたら太っちゃいますよ?」
ぴたりと動きを止めた宍戸さんはスプーンを咥えたまま、俺をじっと見上げた。
「な、なんですか。俺はただ忠告を」
「うるへぇ」
そしてパジャマの上から俺の腹を摘まんできた。
「ひゃっ! なにするんですか!」
「ほまえのほうはふほっへう」
「え? スプーン置いて喋ってよ」
俺の腹をもう一度摘まんでから、宍戸さんは咥えていたスプーンでまたアイスをすくった。
「おまえの方が太ってるって言ったの。俺の心配するよりおまえの心配をしろよ」
「なっ! 太ってないですよ!」
「ほぉ~? でも肉つまめたけどな? れっきとした脂肪だろ、し、ぼ、う!」
なんてことを言うんだろうこの人は!
確かに若いころに比べたら多少体の線が緩んだことは否定しないけれど、健康診断でひっかかったことはないし、服のサイズだってそんなに変わっていないのに。
憎まれ口にせっせとアイスを詰め込んでいく宍戸さんは、器が空になったのを残念そうに見つめて、またパイントサイズに手を伸ばした。
「そんなこと言って、アイスばかり食べていたら宍戸さんの方が俺より太っちゃいますからね!」
「はぁ? それだけは絶対ない」
「絶対なんて、なんで言えるんですか」
「なんでって、なんでもだよ」
「もー怒った」
アイスの蓋を開けてスプーンを突き刺そうとしている宍戸さんのTシャツをめくる。両手が塞がっているから俺の手を振り払えない宍戸さんは、体を捻って逃げようとした。その一瞬の隙をついて腰回りを摘まむ。悔しいけれど俺よりずっと少ない。けれど無いわけではない。ほんの一つまみの、宍戸さんのぜい肉。
「ほら、宍戸さんだってありますよ。し、ぼ、う!」
「ぎゃはは! んな、ムキになんなって! く、くすぐってぇ」
「くそぅ、こんな薄い脂肪じゃ俺の立つ瀬がないじゃないですか」
「わかった、悪かったから、離せって、ははは、くすぐったいんだって!」
ゲラゲラ笑う宍戸さんの手にはアイスクリームとスプーン。いつまでも大事そうに握られているのが気に食わなくなるほど、俺は宍戸さんのことが欲しくなっていた。
「離したらさっきの続きしてくれますか?」
「さっき?」
ぜい肉がちっとも乗っていない腰を抱き寄せて、チョコレートアイス味の唇に口づける。まだ笑っている宍戸さんは、冷たい舌で俺の唇を舐めた。
「いいぜ。しようか」
「その気になってきました?」
「おまえの腹、摘まんだら、なんかしたくなってきた」
「なにそれ。喜んでいいのか微妙なんですけど」
「わかってねぇなぁ」
俺の腕からするりと抜けた宍戸さんは、アイスを冷凍庫に仕舞った。器とスプーンをシンクの中に置いて、俺を振り返る。
そしてパジャマの上から俺の腹を撫でた。
「おまえのムダ肉ごと愛してんだぜ、俺は」
「ムダ肉って」
「なんかいいだろ。俺とおまえの時間が詰まってる感じがして」
「……あんまりよくわかんない」
「なんだよ、不満かよ」
「ううん、全然。俺も愛してますよ。宍戸さんごと」
生乾きの黒髪に口づける。
明日は日曜。夜は長い。
宍戸さんの髪の毛を乾かしたら、ベッドに誘おう。
きっと宍戸さんはまた俺の腹を摘まんでくるだろうけれど、そんなロマンティックじゃない夜も、宍戸さんとなら楽しいものになる。
「宍戸さんがぷよぷよになっちゃってもずっと好きですよ」
「だからならねぇって、絶対」
「なんで絶対なんて言えるんですか」
「おまえがいつまで経っても、しょっちゅう、俺としたがるから」
「へ? あ、あ~~なるほど」
「真に受けんなよ。冗談だって」