すきなところ

「俺ね、宍戸さんの手が好きです」
寝転がったまま俺の手を取って、長太郎は目を細めた。
体を重ねて、汗だくになって、果てたあとに残った心地いい疲労感にまどろみながら見つめられると、満足したはずなのにまた触れたくなってしまうからいけない。
「手ぇ?」
「宍戸さんが気持ちいい時、俺のことぎゅってするでしょ? それが好きなんです」
「そんなことしてたっけ」
「してるじゃないですかぁ。さっきだって、力いっぱい」
「覚えてねぇなぁ」
「も~。いいですけどね、俺は覚えてるんで」
拗ねながら俺のひたいに口づけた長太郎は、お返しに口づけてやると嬉しそうに微笑んだ。
俺の手のひらを頬にあててまぶたを閉じ、「あったかい」と呟く。
おまえの方があったかいぜ、と伝えたかった。
けれど長いまつげが揺れて色の薄い瞳が俺を映したから、俺の唇は言葉を発するよりも先に、長太郎に触れることを選んだのだ。 

 

「俺、宍戸さんの声が好きです」
ソファーで長太郎の上に跨ったまま力尽きて体を預けていたら、息も整えずに耳元で囁かれた。
性急に必要なところだけ服をはだけて繋がったものだから、汗で張り付く布地が鬱陶しい。
けれどすっきりとした爽快感で満たされているのは、久々に長太郎に触れることができたせいかもしれない。
「声?」
「前に比べて聞かせてくれるようになったから」
「……次からは黙っとくわ」
「なんでですか、聞かせてくださいよ」
「やだよ。なんでわざわざ」
「意地っ張り」
「うるせぇ」
「いいですけどね。我慢してるときの声も、色っぽくて好きなんで」
誘うように耳たぶを甘噛みされる。
どんな顔をしてるのかと体を起こして見てやれば、満腹には程遠い狼が羊の皮を半分脱ぎ掛けながらこちらを見上げていた。
そうだよな、久しぶりに触れ合えたんだ。
髪を撫でつけれやれば一瞬長太郎は羊に戻る。その手を引いてベッドに連れ込んだ。
声なんか好きなだけ聞かせてやる。
だからそんな皮、早く脱ぎ捨ててしまえばいい。

 

「俺ぇ、宍戸さんのぉ、目ぇが好きれす」
珍しく酔っぱらった長太郎は、縋るように俺を組敷いて満面の笑みで言った。
フローリングの上で揺さぶられて痛んだ背中について叱ろうとした矢先にこんな顔をされると、途端に毒気が抜かれてしまう。
「はいはい、目ね」
「なんで好きなのか聞いてくらはいよぉ」
「どうせ碌な理由じゃねぇんだろ?」
「そんなことないれす!」
「はぁ……なんで?」
「きれいだから」
「ふーん」
「あ~信じてないでしょぉ。ほんとぉなのに」
「信じてる信じてる。わかったからベッド行こうぜ。このままだとここで寝るだろ、おまえ」
「宍戸さんの目はねぇ、さいしょは冷たいなぁ~って思ってたんすよぉ。でもね、ほんとは熱くて、かっこよくて、だけどたまにうるうるってするから、俺ぇ、ずっと見てたいなぁって思って、そんで、ずっと見ててほしいなぁ~って。ほんとですよぉ? 俺ね、ししどさんのこと、すんごい好き~」
言いたいことを言うだけ言って、長太郎は俺の上で落ちるように眠り始めた。
「おっも! おい、長太郎! だからベッドに行こうって言ったのに」
長太郎の下から這い出て、取ってきた毛布を掛けてやる。
仕方がないからここで一緒に寝てやるか。
起きた時に一人だと、こいつが寂しがるからな。
軽くシャワーを浴びて毛布にもぐりこめば、幸せそうな寝息がすぐ隣に聞こえる。
寝心地は最悪だが、こんな日があってもいい。

「あれ? 俺、こんなところで寝ちゃってた」
「起きたか酔っ払い」
「わっ、宍戸さん。おはようございます?」
「っあ~~~、体いてぇー」
起き上がると、硬い床で眠ったツケが体全体にまわっていた。
あちこち痛んでギシギシする。
両手を上げて伸びをしたら背骨が小さく音を立てた。
「ごめんなさい! 俺、酔っぱらってひどいこと」
「別にひどいことはしてねぇけど、今度からフローリングの上でするのは禁止な」
「はい……」
シュンと項垂れる長太郎は叱られた子犬のようだ。
見たことないような壮絶な寝癖をつけて反省されても、別に怒ってやしない俺からすると可笑しくて、そして愛おしい。
「あんまり可愛いことするなよ」
「へ?」
「おまえ、昨日俺に言ったこと覚えてるか?」
「昨日?」
「目がどうとか」
「あぁ! 覚えてますよ。宍戸さんの目が好きだって話ですよね」
「はじめの頃は冷たいと思ってたってな?」
「そんなの昔のことですってば。今は全然そんなこと」
「はは」
弁解しようと必死な長太郎の口の端によだれのあとを見つけて、こらえきれずに噴き出してしまった。
「宍戸さん、どうしたんです? なんか楽しそう」
「あぁ、楽しいな」
首をかしげる長太郎は、俺を不思議そうに見ている。
楽しいんだ、おまえといることが。
付き合い始めたときも、お互いの生活リズムが合わずに会えなかったときも、一緒に暮らそうって決めたときも。
ずっと楽しかった。
だから、今日からこの部屋でおまえと暮らせると思うと、心の底から楽しくて楽しくて、どうしようもなく嬉しくて仕方がないんだ。
「俺な、おまえが好きだ」
「えっ」
「おまえの手も、声も、目も、なにもかもが大好きだ」
おまえが俺の好きなところをひとつひとつ教えてくれたように、俺もおまえの好きなところをたくさん教えてやりたい。
いくら時間があっても足りないよな。
でも今日からは、毎日おまえに伝えられるんだな。
「俺も宍戸さんのこと大好きですよ!」
「知ってるって。はは、そんなこと、とっくの昔から知ってんだよ」
長太郎が唇を引き結ぶ。
あと三秒。きっと長太郎は抱きついてくる。
泣きたいのか笑いたいのか、どんな顔をしたらいいのかわからなくなったけれど、俺は大好きな長太郎を受け止めなければならないので、両手をいっぱいに広げて待つことにした。