鳳長太郎の赤い恋

バレンタインが近い。
クラスの女の子たちは誰にどんなチョコレートをあげるかという話題で持ちきりだ。
こっそり盗み聞いている男子たちは、気にならない振りをしていても期待を隠しきれない様子でそわそわしている。
友達に、おまえは気にならないのかって聞かれたけど、バレンタインってそんなにドキドキするイベントなのか正直よくわからない。
誕生日と同じ日だからあまり特別って感じはしないし、むしろ、バレンタインのついでに誕生日おめでとうと言われることも多くて、クリスマスやお正月と誕生日が同じ人たちにシンパシーを感じちゃったりもする。
曖昧に答えていたら、盛り上がっている女の子たちの輪から宍戸先輩にチョコを贈りたいと話す声が聞こえてきた。
驚くようなことじゃない。チョコレートを贈られるのは、テニス部レギュラーにとっては恒例のことだ。
今年も去年のように、宍戸さんはチョコをたくさんもらうんだろう。
紙袋いっぱいに詰め込んで、うんざりした顔で部活にやってくるんだ。けれど意外にも、バレンタインなんて興味ねぇよって言いながら、そのチョコレートたちを無下したりはしない。去年は家に持ち帰ってきちんと全部食べたって言っていた。
いいなぁ。
思いをこめたチョコレートを、ちゃんと宍戸さんに食べてもらえるなんて。
恋する気持ちを受け取ってもらえなかったとしても、宍戸さんの口の中で溶かされておなかに納めてもらえるんだ。それってすごくしあわせなことなんじゃないのかな。
いいなぁ。
ふと、邪なひらめきが生まれた。
もしも、パンパンになった紙袋の中に小さなチョコレートがひとつ紛れ込んでいたとしても、宍戸さんに気付かれないんじゃないだろうか。
ひらめきは頭の中でムクムクと大きくなっていった。


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バレンタイン当日、宍戸さんが好きな赤い色のルビーチョコレートを鞄の奥底にこっそり忍ばせて持ってきた。
俺の片手で覆ってしまえるくらいの小箱。
このサイズなら、可愛らしく包装されたチョコレートたちに紛れれば存在を打ち消されて目立たなくなるはずだ。
当然、メッセージカードなんて用意していない。俺からのチョコレートだってわかってもらえなくていいんだ。
宍戸さんのことを好きだって伝えるつもりはないし、この気持ちを受け取ってくれなくていい。
けれど俺の小さな恋心を、他の恋心たちと一緒に宍戸さんのおなかに入れてもらい。そんなことを思ってしまった。


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部活中、宍戸さんが怪我をした。擦り傷程度の軽いものだったけれど手当てしなければ。
俺は一人、練習を中断して救急箱を取りに部室に戻った。
誰一人いない部室は、コートの喧騒から離れて静まり返っていた。
棚から救急箱を下ろして戻ろうとしたとき、宍戸さんのロッカーが少しだけ開いていることに気がついた。
溢れそうなくらいチョコレートでいっぱいの紙袋を詰め込んでいたせいでしっかり閉まりきらなかったんだろう。
誰もいない今がチャンスだと思った。
救急箱を置いて、自分のロッカーからチョコレート取り出して、そっと宍戸さんのロッカーを開けて紙袋に紛れ込ませた。
心臓がドクドク鳴った。
チョコレートを渡すことがこんなにドキドキするなんて知らなかった。
まるで心を渡したみたいだ。
たくさんのチョコレートの中に、ぽつんと混ざった俺のチョコレート。それは血みたいに真っ赤に膿んだ俺の恋心だった。

本当は真っ正面から「好きです」と言って渡したい。
俺の手から受け取ったチョコレートにぱくっと食らいついて、舐めて、噛んで、飲み込んで、そして俺のことを好きになってもらいたい。
けれどそんな勇気はなくて、思いに蓋をするみたいにロッカーを閉めて部活に戻った。


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夜中、どうしてあんなことをしてしまったんだろうとベッドの中で悶絶していたら宍戸さんからメッセージが来た。
『これ、おまえの?』
心臓が跳ねた。口から出てしまうかと思った。
添付された写真には俺が紛れ込ませたチョコレートが写っていた。小さな箱に二つ入っていたトリュフのうち、一つがなくなっている。
どうして俺からだってわかったんだろう。あまりに突然のことに唖然として返事出来ずにいたら、追い討ちをかけるようにまたメッセージが来た。
『ちょっと酸っぱかったけど、うまかった』
パニックを起こしながらもう一度写真をよくみてみた。
背後に写っている紙袋の中には、たくさんのチョコレートたちがまだ封も開けられないまま詰まっていた。








SIDE宍戸

家に帰って紙袋の中を見たら、一番上に見覚えのないチョコレートがあった。その小さな箱の中には、赤い色のチョコレートが二つ並んで入っていた。
去年、大量にもらったチョコレートを部屋に放っておいたら母ちゃんにこっぴどく叱られた。こういうものは雑に扱わず、きちんとお返しをするのが礼儀なんだ、全部食え、来年からは誰にもらったか覚えておけと言いつけられた。だから今年は誰からもらったチョコレートか覚えるようにしていた。
だけどこのチョコレートだけはいくら思い出そうとしても記憶にない。手紙やカードも入っていない。イチゴ味のチョコレートかと思って一つ食べてみたら、酸味はあるけれどちゃんとしたカカオ味だった。
ふと、長太郎の顔が浮かんだ。
今日の練習中に部室に救急箱を取りに行った長太郎が、なぜか顔を真っ赤にして戻ってきたことを思い出したからだ。
『これ、おまえの?』
確信はなかったけれど、どうしてだろう、長太郎以外にいない気がした。