長太郎は王子様らしい。
ピアノが弾けて、物腰柔らかで、いつも優しくて、スラッとした長身で、他の男子とは違ってバカ騒ぎしたりしないし、にこやかに微笑む姿が王子様そのものなんだと。
クラスの女子たちからその話を聞いたときは鼻で笑いそうになって、寸でのところで堪えた。
物腰柔らかでいつも優しくて、か。
確かに誰にでも分け隔てなく気を配ろうとするし、にっこり笑ってばかりだから、そこんとこは否定しない。
でもなぁ、王子様はないだろ。
王子様ってのは部屋に入るなり俺を押し倒したりしないし、服も脱ぎきらない内にコトに及んだりしない。
「宍戸さぁん、もっとしましょお」
一回目のセックスを終え、中途半端にたくし上げられた制服のシャツを戻していたら腰に抱きつかれた。
床には二人分のジャケットと俺のスラックス。一緒に脱がされたパンツ付き。それと長太郎のネクタイ。つまりそれ以外はまだ着たままで、性急さ丸出し、ダサいにもほどがある事後だ。
「もうちょっと、ちゃんと出来ねぇのか」
「ちゃんと?」
キョトンとした顔のまま、長太郎は俺にキスをした。
こいつ、まぶたすら閉じやしない。だから、舐められた唇は開いてやらない。
「ちゃんとしてますよ? コンドームだって付けてるし」
「そういうことじゃねぇんだよ」
まだよくわかっていない顔で俺の足を開かせる。その間に入って、長太郎は新しいコンドームの封を破いた。
「そういうところ」
「どういうところ?」
「すぐ入れようとするところ」
見下ろした長太郎の陰茎は、さっき射精したばかりなのにもう硬く勃ち上がっている。
慣れた手つきでコンドームを付けて、俺になんの断りもなしに先っぽを挿入した。
「はぁ、だって、入っちゃうから、仕方ない、もん」
もんってなんだ、もんって。
「全っ然、っ、かわいく、ねぇ、……っん、から、な」
すんなり全部入ってしまう。
これは俺のせいじゃない。今日二回目のセックスだから準備万端になってるだけだ。そもそも尻で気持ちよくなるのだって俺のせいじゃない。長太郎が勝手に俺の尻を弄んで、でかいモノを突っ込んで、そればっかり繰り返すからいつの間にか慣れてしまって、気付いたら、気持ちいいってやつがわかるようになっていただけだ。
「あぁ、宍戸さんの、おしり、なんでこんな、っ、気持ち、いいの」
長太郎は馬鹿みたいに口を開けて腰を振る。
そんな腑抜けた顔、俺は絶対にしない。したくない。
「まぁた、宍戸さん、くちびる噛んじゃってる」
俺の足をより大きく広げながら覆い被さってきた長太郎に唇を舐められた。
舌をねじ込もうと、何度も唇の隙間を割ろうとしてくる。
「なんで、やなんですか」
うるさい。
おまえが腹の奥まで突っ込んだせいで、すげぇ気持ちよくなっちまったじゃねぇか。
こんなの、口を開いたら声が出てしまう。
そしたら、おまえの自分勝手なセックスで俺が悦んでるってことがバレちまう。
「んっ、ふぅ、」
「息、苦しそう」
「んんっ」
「っ、宍戸さんの、意地っ張り」
突然、唇を舐めることをやめて体を離した長太郎は、抱えていた俺の右足だけを高く上げて肩にかけた。
片足を引っ張られた拍子に体が横向きになる。
そして解放されている左足の上に抑えつけるように乗っかって、抜けてしまった陰茎で俺を貫いた。
「あ”っっ」
「はは、やった」
俺が喘ぐのがそんなに嬉しいか。
長太郎は俺を見下ろしながら笑みを浮かべて、また馬鹿みたいに腰を振っている。
どこで覚えてきたんだこんなの。あれだろ、松葉崩しってやつだろ。俺だって最近知ったってのに。くそ。
「おまえ、なんか、あぁっ、んっ」
「俺が、何ですか? ふぅ、これ、すごい、ぴったり、入る」
「あぁあ、もう、っ、っぅう」
「なぁ、に? ししどさん」
甘ったるい声で俺を呼ぶくせに、少しも打ち付ける力を弱めようとしない。
それどころか緩急をつけて腰を振るようになって、悔しいけれど俺の限界はすぐそこまで来ていた。
「おまえ、なんか」
「んっ、なんです、か」
「ぜんぜん、王子様、なんかじゃ、んぁっ、っ、ねぇ、くせに」
長太郎がぴたりと腰の動きを止めた。
しんと静まりかえった部屋に、全力疾走したあとみないな二人分の荒い息づかいだけが響いた。
「……なんだよ」
俺をじっと見つめる長太郎を睨みつける。
するとこいつはへらりと笑って、「なぁんだ」と言い、また動きを再開した。
「そんな、あたりまえのこと」
「んっ、あぁ、ちょっ、まて、深い、ぃ」
「ふふ、っ」
「やめ、やっ、ちょうた、ろ、やだ、そこ」
「イキたく、なったら、イっていい、っ、ですよ」
「まって、って、っっ、言ってん、の、にっ、~っ、っ」
「あは、宍戸さん、イっちゃった?」
「っ、……っ、っはぁ、あ、はっ」
「んー、っ、俺も、出ちゃう、かも」
俺のペースなんてお構いなしだ。
腹のなかで達したあとの余韻をも貪るようにして、長太郎は俺を穿った。
ひときわ強く打ち付けて、ぶるっと体を震わせる。
あ、こいつイったな、と腹の中で感じる。硬さを失っていくペニスに少しだけもの寂しさを感じてしまうのは、よくわからない感傷だ。本当、よくわからない。
「俺が王子様だったら、宍戸さんにはお姫様になってもらわないといけなくなっちゃいますよ」
ふにゃふにゃになったものをまだ俺に突っ込んだまま、長太郎は言った。
「いやでしょ。そんなの」
「なんで俺がお姫様確定なんだよ」
「だって、王子様はお姫様と結ばれる運命でしょ?」
「知るかよ」
体を起こそうとしたのに、長太郎は俺の右足を抱き抱えたまま離そうとしない。
「おい」
「お姫様とはダブルス組めません」
「はぁ?」
「だから、俺は王子様にはなりません」
いやに真剣な顔で俺を見やがる。
王子と姫はダブルスを組めない、か。
仮にそうだったとして、王子でも姫でもない俺たちはダブルスを組めるわけだけれど……
「ダブルスのくせにセックスするってのもどうなんだ」
「俺と宍戸さんはするんです」
「王子は姫とするんじゃねぇのか」
「だから、俺は王子様じゃないってば」
俺の足を解放して柔らかいペニスを抜いた長太郎が覆い被さってくる。
最中のふざけたにやけ顔を仕舞い込んで、まっすぐに俺を見下ろした。
「俺が誰にどんな風に言われていたとしても、絶対、ずっと、宍戸さんだけの俺ですから」
「……」
なんだ、バレてたか。
隠しておきたい本音。誰にも渡したくない嫉妬。束縛。優越感。そして、罪悪感。
「本当ですよ。信じてください」
「あっ、そう」
今はまだ、素直に「俺だけのものになってほしい」なんて言えない。
汗で湿った制服ごと、全部手に入れることが出来たらいいのに。
抱きしめると、抱きしめ返される。
俺達には、それがすべてだった。