今夜もまた、真っ暗な寝室に息をつめて踏み入れる。
家具の配置を思い出しながら、体に染みついた感覚を頼りにベッドにたどり着いた。
微かに寝息が聞こえる。
ベッドの左半分、いつもの定位置で既に夢の中にいる長太郎の気配をうっすらと感じて、起こしてしまわないように布団を捲った。
先週末に羽毛布団と交換した夏用の掛布団はさらりとした触り心地で軽く、潜り込めば長太郎のぬくい体温が俺を迎え入れる。
仰向けに体をまっすぐ横たえて眠る長太郎にならい隣で同じように仰向けになって天井を見上げてみた。
暗闇の中では見つめる先には終点を見いだせず、俺はベッドに居ながら真っ暗な宇宙に一人放り出されたような気分になった。
今週はお互い仕事に忙殺され、一度も長太郎が眠る前に帰ってくることが出来なかったし、長太郎は毎朝俺が起きる前に家を出なければならなかった。
それでも家に帰れば長太郎が居る。喧嘩したわけでもないし、多少すれ違いの生活になっても同じ部屋で眠れさえすれば問題ないと思っていた。
俺の見立てが甘かった。
ゆっくり言葉を交わすことも触れ合うこともできない日々がこんなにも俺を摩耗させるとは。
長太郎の瞳と声が恋しい。
目を開けていても閉じていても差のない闇が広がる宇宙空間の中、すん、と鼻を啜れば長太郎の匂いがした。
こみ上げそうになる寂寥感を振り払うように寝返りをうって長太郎の方を向く。
こんなに近くにいるのに、生活のリズムがずれるだけで俺たちはひとりぼっちになってしまうのか。
ぐっすり眠っている長太郎を起こしたくはないけれどもう少しだけ近づきたくなって、布団の中でそっとその手の甲に触れてみた。
目覚めていれば即座に絡めてくるはずの指先はただ温かいだけだ。
それでも俺は一人きりではなくなった心地がして、遠慮がちにすり寄ってきた睡魔に身を委ねた。
カーテンの隙間から差し込む光で朝を知る。
寝過ごした!と体を半分起こした俺は、隣に眠ったままの長太郎がいることに気づいて今日が休日だったことを思い出した。
急に動こうとしたから心臓がバクバクして苦しい。
はぁーと息を吐いて枕に頭をあずければ見上げた目線の先には真っ白な天井があって、昨夜この部屋を占めていた虚ろな空間は跡形もなく消え去っていた。
「ん、ぅ」
寝返りをうった長太郎は俺に背を向け、ぐぐっと丸まった。
薄手のTシャツに背骨の隆起ひとつひとつが小島のように並んで浮き出ている。
食んでみたい、と唐突に思った。
長太郎は、前から後ろから、俺の体の至る所に口づけたがる。
舐めて吸ってくすぐったさが快感に変わり、繋がったところから体の芯をぐずぐずにしていく。
俺だってそんな風に長太郎を気持ちよくしてやりたい気持ちは山々なのに、なし崩しに翻弄されてしまうから背中に口づけたことなんて数えるほどしかないのだ。
だから、唇を寄せてみた。
うなじの下の飛び出たところ、うっすら寝汗に湿ったTシャツの襟首をずり下げて、露わになった皮膚越しに骨の硬さを感じる。
規則的な呼吸に合わせて上下する肩を横目に、もう一度、今度はそっと歯を立てた。
気づかれないように、だけど少しは気づいてほしい。
そんなスリルを甘噛みした。
もぞもぞ、長太郎が動き出す。
さすがに起こしたか。
俺は身を離して長太郎が振り向くのを待った。
こちらを向いて「ししどさん」と呼ばれたかった。
なのに長太郎は仰向けになっただけでそのまぶたは閉じたまま、まだ眠りは深いようだ。
肩透かしを食らって面白くない。
それでもゆるみきった寝顔を見ているとむず痒い気持ちになってきてしまうから手に負えない。
髪はあちこちハネているし、無防備に眉根を下げて口元はだらしなく開いているのに、この世で一番愛でるべき存在に思えてくるのだ。
甘やかしてやりたいと思うし、求められれば与えてやりたい。
俺の本音を知ってか知らずか、生まれ持った気質のせいか、長太郎は年々甘え上手になっていく。
忙しない日常の隙間、ちょうどいいタイミングで俺の懐に潜り込んできて、懇願する素振りを見せては、そのくせ有無を言わさず体を拓かせる。
俺には長太郎のような甘え方は真似できない。
歯の浮くような言葉も言えないし、愛情に満ちた微笑みを臆面もなく向けることもできない。
だから俺は布団を剥いで長太郎の足の間に入り込んだ。
下着ごとスウェットを太腿の途中までずり下げれば、くたりとした陰茎が顔を出す。
躊躇いなく根元まで咥えて舌をぴったり密着させた。
膨張すれば喉を突くほどだが、柔らかいままのそれは俺の口の中で頼りなく弄ばれる。
陰毛に鼻先をうずめて息を吸い込めば雄の匂いがして、パブロフの犬が如く唾液がじんわり溢れた。
吸ったり唇で甘噛みしたり舌で押しつぶすように裏筋を舐め上げたりしていると、徐々に熱く芯を持ち始める。
人は口の中にも性感帯があるらしい、とは誰から聞いたんだっけ。
その話題になったとき、身におぼえがありすぎて平静を保つのに苦労した。
張った亀頭で上顎を擦られるのも、ゆっくり喉の奥まで飲み込むのも、そのとき長太郎に顎の付け根と耳の裏を撫でられるのも、俺の欲情を煽ってたまらなくさせる。
「……ん、ふぅ、」
思い出したら背すじが震えた。
長太郎とセックスがしたい。
時の流れも体の熱さも気にならなくなるような衝動を、欲望のままにぶつけあって没頭したい。
もういっそのことこのまま乗っかってやろうかと口を離そうとしたその時、咥内のペニスがぐんっと一際大きくなった。
咥えたまま目だけで見上げると、まだ半分寝ぼけ眼の長太郎がこちらを見下ろしていた。
「あれ、ししどさん……?」
「……ん」
「なんか、きもちいーなと思って、夢かなって思って、あれ? やっぱり夢ですか?」
「ゆめひゃれーよ」
「んっ、そこで喋んないでくださいよぉ」
長太郎の温かな指先が俺の髪を梳き、頬を撫でた。
「宍戸さん、こっち」
促されるまま口を離した俺は長太郎の体の上を這うようにして進み、たどり着いた唇に口付けた。
ぺろりと、フェラチオをしている間に口端に垂れた唾液を舐めとられる。
もう一度口付けると唇を離さずにおはようございますと言って腰に腕を回されたので、俺も同じくおはようと言って長太郎の下唇を甘噛みした。
「どうしたんですか? えっちしたくなったんですか?」
夢と現の境目を揺蕩うような、ふにゃんとゆるんだ笑みが向けられる。
「うん、そう。したくなった」
「宍戸さんが正直に言うなんて珍しい」
「悪いのかよ」
「全然悪くないです」
腰を撫でていた手が俺のハーフパンツを脱がしにかかった。
下着ごと下げられるのを体をくっつけたまま手助けして足から抜き取る。
「俺も宍戸さんの舐めたいので、腰、上げてください」
長太郎は四つん這いになった俺の眼下をずりずり下に移動していった。
そして俺の股間のあたりに頭がくるところで止まると緩く勃ちあがった亀頭の先に口付けた。
「ちょっと腰落とせます?」
「んっ」
ぱかっと開けられた長太郎の口の中に俺が飲み込まれていく。
熱い粘膜に包まれてじゅるっと吸われると腰が揺れた。
ここ最近自慰もしていなかったことを、もったりとせり上がってきた射精感で思い出す。
ぎこちなく腰を引いて落とすと、唇にきつく締められ、舌先で裏筋をくすぐられた。
「はっ、……ん、ちょうた、ろ」
腰を上げたまま上半身を突っ伏して、枕に嬌声を染み込ませる。
長太郎の手のひらが太ももの裏を撫でた。
そろそろと指先が皮膚の上を這い上がり尻をわし掴まれると、意識したわけじゃないのにすぼまりがきゅっと収縮した。
乾いた指先が後孔に触れる。
とんとん、そっと優しくノックするような微々たる刺激。
俺を陥落させるには十分すぎた。
「なぁ、もう」
腕を突っ張って体を起こし、長太郎の口から自身を引き抜こうとするときつく吸われて太腿が震える。
「うぁ……はなせ、って」
舌先が尿道口を抉った。
瞬間、爆ぜて、俺は長太郎の口の中を汚した。
射精している間も長太郎は後孔を撫でるのを止めず、俺は下半身がガクガク震えるのを抑えられずに白濁を出し切った。
ちゅっ、と残滓を啜って長太郎が口を離す。
喉を鳴らして嚥下する音が聞こえて、長太郎は「いっぱい出ましたね」と言った。
足の間から長太郎が這い出ていって、俺はまた枕に突っ伏した。
ベッドから出た長太郎は、ややあってローションとコンドームを持って戻ってきた。
コンドームの封が切られる音、ボトルの蓋が空く音。
背後で行われるこれからのための準備の気配に、期待するなと言っても無理な話だ。
「お尻上げたままでいてくださいね」
長太郎は脱いだTシャツを俺の腹の下に敷いた。
ということはつまり、俺はこの格好のまま挿入されるのか。
俺が射精してしまってもシーツが濡れないようにするための配慮というわけだ。
なんでもいい。
シーツが汚れたら俺が洗うから、とにかく早く繋がりたかった。
ローションにまみれた指が侵入してくる。
粘度をもった水音は、増やされるローションの量に比例して大きくなっていった。
増やした指先で前立腺を撫でながら、長太郎は俺の尾てい骨から背骨に沿って舌を這わせ始めた。
「ああぁ……それ、んぅ、ぅー……」
「気持ちいいですか?」
「う、ん、……はぁっ」
つーっと舌先で撫でたかと思えば、吸い付いてみたり、噛みついてみたり、長太郎は俺の背中を好き勝手に愛撫する。
特に腰の辺りには吸い痕をしつこいくらいに付けたがる。
なんでそこばかり吸うんだと聞いたことがあるが、「腰の辺りは宍戸さんが気持ちよさそうにするから」と言うから聞かなければよかったと後悔した。
「宍戸さん、もう入れてもいいですか?」
「いいから、早く」
指を抜いた長太郎が、またボトルの蓋を開ける音がした。
ローションを足してから挿入するのかと思った俺は、長太郎の手が緩く勃起した俺の陰茎を握ったことに驚いて腰が跳ねた。
たっぷりのローションが全体に、特に亀頭に多く塗りたくられる。
だがそれだけで、扱くことも尿道口に爪を立てることもなく、長太郎の手は離れていった。
「なん、だ?」
「そのままうつ伏せになってください。俺のTシャツ汚しちゃっていいんで」
言われた通りにシーツに肌をつける。濡れた股間が服の布地に擦れて、居たたまれない気持ちになった。
「入れるんじゃないのか?」
「ふふ、心配しないでください。ちゃんと入れますから」
大丈夫ですよ、と言って長太郎は俺の尻を割り開き、蕩けきった後孔に怒張を突き立てた。
こんな格好で挿入されるとは思っていなかった俺は狼狽えた。
足を閉じているからか圧迫感がいつもより強く感じる。
そして起き上がることも体をひねることも出来ず、完全に長太郎の手の内にいるような気分だ。
「きつ……」
「おまえ、こんな、あっ……」
「すごい、宍戸さんの中、ぎゅーって俺のこと締め付けてくる」
ゆっくり始められた律動が速いスピードに変わるのに時間はそうかからなかった。
身動きとれない状態で、ただただ長太郎を受け入れることしかできない。
「んっ、う、アァ、っ、んぐ」
前立腺を抉られ与えられ続ける快感をどこにも逃がせず、枕を抱きしめて喘ぎを押しつぶすことで精一杯だ。
上から叩き付けるようにストロークされれば、腹で潰されたペニスがローションのぬめりを借りて扱かれたように裏筋を摩擦して、長太郎がしたのはこのためかと合点が行った。
前と後ろを同時に、しかも的確に責め立てられて俺はダラダラと精液を吐き出すしかなかった。
やめろと言っても聞きやしない。
そりゃそうだ。先に手を出したのは俺の方なんだから。
「ちょう、たろ、……んぐっ、も、くるし……ぃ」
「でも、宍戸さんの中、気持ちいい、って、はぁっ……もっと、って、言ってますよ……?」
「いい、いい……! きもち、いいからぁ! もう、あぁっ」
「俺、宍戸さんに触れなくて、んっ……寂しかった、です……宍戸さんも、俺に、触りたかったですか?」
「うん、うん、触りたか、っ、んぁっ、や……もう、出ない、って、言ってるのに……い”ぃ」
もう何度達したかわからない。
長太郎に肩を噛まれて、目の前でチカチカ星が瞬いた。
「俺も、もう、イっていいですか、っ」
耳元で切ない囁きを聞いて、首だけで振り向いて目配せすれば、長太郎は俺を一層強く穿ち達した。
背に倒れ込んでくる重さと熱さ。汗が肌と肌の間で混ざって潰れる。
長太郎は俺のうなじの下のあたり、出っ張った骨を舐めた。
同じ場所を舐めて歯を立てたことを思い出して、もう一度腹の中がきゅんと疼いた。