破壊衝動と性衝動の区別がつかない宍戸さんの話

初めて長太郎を壊したいと思ったのは夏の暑い日、部活が終わって帰り支度をしているときだった。ベンチに座って靴紐をほどくあいつの首筋が晒されていて、それを見下ろしながら、歯を立ててみたらどんな触覚がするのだろうか、肌はどんな味がするのだろうか、どんな反応が返ってくるだろうか、そんなことを呆然と想像した。宍戸さん?どうしたんですか、ぼーっとして。その声にハッとして、同時になんて恐ろしいことを考えてしまったのだろうと、俺は自己嫌悪に苛まれ帰り道で長太郎にアイスを奢った。

次に長太郎を壊したいと思ったのは部室でユニフォームに着替えていたときだった。隣の長太郎がネクタイを外しシャツを脱ぐ。ふと、鼻腔をかすめた、微かに甘さを含んだ長太郎の匂い。俺は無意識に息を深く吸い込んでいた。きっちりした制服を脱いでは丁寧に畳んで白いTシャツ一枚になった長太郎の体は、肩の骨のでっぱり、胸筋の張り、屈めば背骨の凹凸がありありと見てとれる。そしてあの甘い長太郎の匂いはTシャツに封じ込められてしまった。無性にもどかしくなる。清潔な布切れを剥ぎ取って、その体の硬さと柔らかさを触れて確かめてみたい。顔を寄せて、その香りをもっと近くでかいでみたい。宍戸さん?どうしたんですか、ぼーっとして。また俺はハッとして、乱雑に制服を脱ぎ捨てユニフォームに着替えた。その日はいつもの倍のメニューをこなした。頭を真っ白にしていないと不安だったから。

こんな風に、毎日のように長太郎に危害を加えたいと思ってしまう俺は病気なのかもしれない。きっと犯罪予備軍ってやつに分類されてしまうんだ。自分のことを異常だと認識してからは朝を迎えるのが怖くなった。朝練に行けば長太郎がいる。おはようございます!今日もいい天気ですね、なんて言って俺のことを信頼しきった笑顔で見下ろしてくる。そんなあいつを、俺は頭のなかで壊そうとしてしまう。噛み付いたら痕が残るだろうか。痕が残ったら俺のものだという証になるだろうか。俺のものになったら部屋に連れて帰って一緒に過ごせるだろうか。一緒にいたら触れても構わないだろうか。触れたら、俺のことも触れてくれるだろうか。長太郎が触ってくれたら、俺は、
「宍戸さん?」
「あ」
「どうしました?ぼーっとして。もう皆さん帰っちゃいましたよ。俺たちも帰りませんか」
「俺、カギ当番……」
「カギなら部長から預かっときましたから、締めちゃいますよ」
「わりぃ」
「いえ。どうせ明日も俺たちが一番早くここに来ますし、カギは俺が持っておきますね。さ、帰りましょう」
「……」
「最近の宍戸さんはぼーっとしてばかりですね。部活中はまるで反対でずっと動いてますけど」
「そうかな」
「何かあったんですか? 悩みとか、俺でよければ聞きますよ」
「うん……」
「無理に言うことはないと思いますけど、俺、宍戸さんのことが心配です。あっ、でしゃばっちゃってすみません! でもダブルスパートナーとして、心配くらいはさせてもらえませんか」
「……」
「宍戸さん? 急に止まってどうしたんですか」
「あのさ、もし、もしもな、俺がある人のことを壊したいって思ってたらどう思う?」
「壊したい、って……それは怪我させるとか、そういう?」
「違う! 違うんだ、そんなことをしたいんじゃなくて……」
「例えばどんなことですか?」
「……噛み付きたいとか、家に連れて帰りたいとか、触りたいとか、あと……」
「あと?」
「……触って欲しい、とか」
「それって……別に壊してない、ですよね?」
「だってそんなことされたら嫌だろ。怪我しなくても、なんか自分の中の大事なもんが壊された気分になるだろ。そういうこと、したいって思っちまう俺はおかしい……」
「……おかしくないです」
「え?」
「おかしくないですよ、それは」
「おまえ、なに言って」
夕日を背負って、長太郎は俺の手を取った。驚いて見上げれば、逆光で長太郎の顔がはっきり見えない。長太郎は俺の手を自分の胸に触れさせた。なにをするんだと問えば、俺がしたかったことですと答える。訳がわからず混乱している俺の手を強く握って、長太郎は言った。
「俺が、宍戸さんに壊されたいって言ったらどうしますか?」
「は?」
「宍戸さんに噛まれて、触れられて、連れていかれたいって言ったら、そうしてくれますか?」
「なに、言って」
「俺も宍戸さんを壊したいんです。だけど俺は後輩だから、先輩の許可がないとだめなんです。だから俺を宍戸さんの部屋に連れていって、噛んで、もっと触ってください。そうしたいんですよね? そうしたら俺は宍戸さんに触れてもいいんですよね? 宍戸さん、言いましたもんね?」
「言っ、たかも」
「よかった。宍戸さんがしたいことをし終わったら、俺にも同じことをさせてくださいね」

ぞくぞくした。怖いほどに、ぞくぞくした。長太郎を連れ帰ってその体に触れることを想像したときよりも、長太郎が俺の首筋を噛んで、肌に触れて、俺をどんどん壊していくことを想像する方が何倍もぞくぞくした。
だから、俺は今から長太郎を部屋に連れ帰ってしまうのだろう。

そういえばどうして「ある人」が長太郎のことだって分かったのだろう。
まぁ、いいか。