酔っ払って帰ってきた宍戸さんに振り回される長太郎の話

酔っ払って帰ってきた宍戸さんはいじわるだ。
ソファーで本を読みながら宍戸さんの帰りを待っていた俺は「おかえりなさい」を言う間もなく襲撃された。
「ちょうたろー、あーん」
俺の膝に乗っかった宍戸さんは、コンビニで買ってきたショートケーキを透明なプラスチックのスプーンでごっそり半分掬って俺の口元に差し出した。
「ちょっと、待っ、も~~、あー……ん」
今にも落っことしそうな手付きでいるから慌てて大口を開けて食らいつく。
頬を膨らませて咀嚼すれば口の中いっぱいに生クリームとスポンジの甘さが広がり、そしてカットされた苺が水分と一緒に酸味で味蕾を刺激した。
宍戸さんはというと、酔いで顔を真っ赤にしながら上機嫌でニコニコ笑っている。
「えらいなぁ、ちょぉたろうは」
俺の名前を歌うように呼んで、おでこにキスを仕掛けてきた。
それが全然優しくない。
キスと言うより力任せに唇をぶつけてきた感じだ。
押し付けられるまま首を反らせた俺は、ケーキをようやく飲み込んで口を開いた。
「飲んでくるたびにケーキ買ってきて餌付けしようとするの止めてくれません?」
俺の抗議に唇を離した宍戸さんは、こてんと首を傾げて不機嫌そうに眉をしかめた。
「なんだよ、いやなのかよ。長太郎の癖に」
「長太郎の癖にってなんですか。それにこの前約束したじゃないですか、もうケーキは買ってこないって」
「そんなの忘れましたぁ~」
「はぁ~~?」
宍戸さんは悪びれる様子もなく堂々と言い放った。
これだから酔っ払いは! 
こちらが強気に出られないのをいいことに好き勝手してくれる。
力づくで止めさせればいいだけの話なのだけれど、そんなことをアルコールでタガの外れた宍戸さんにしようものなら本気の喧嘩に発展してしまう。というか、実際にそうなったことがあって俺は三日間口を聞いてもらえなかった。寝室にも入れてもらえなかったし目も合わせてくれなかった。あれは堪えた。だから抵抗はするけれど、宍戸さんが止めてくれない限り言いなりになるしかない。もう二度とあんなくだらないことで気を揉むのは嫌なのだ。
「ん」
ショートケーキの上に乗った苺を前歯で噛んで持ち上げた宍戸さんがこちらに突き出してきた。
食え、ということらしい。
これが酔っぱらっていない宍戸さんからされたのなら、俺は喜んで食らいついてついでに唇にキスをしていたことだろう。
けれど俺は知っている。
絶対、噛みつこうとした瞬間に宍戸さんは俺を躱して苺をパクッと丸齧りしてしまうのだ。
俺の反応を待ちきれず、宍戸さんは引き結んだままの俺の唇に苺をぐりぐり押し付けてきた。
冷たい苺の周りについた生クリームが口の周りに塗りたくられてぬるぬるする。
「ん」
早く齧りつけと酔いで潤んだいたずらな瞳が言っている。
俺は諦めて唇を開いた。
瞬間、宍戸さんは苺をその口の中に収め、数回もぐもぐ噛んで飲み込んでしまった。
「ざんねん~」
そして何が楽しいのか、けらけら笑って俺のほっぺたに唇を押し付けてくる。
予想通りすぎて怒る気にもなれない俺は、黙って宍戸さんの熱を受け入れることにした。
顎やこめかみやまぶたにまで、宍戸さんは繊細さのかけらもないキスを降らせてくる。
「ねぇ、宍戸さん、俺ちゃんとキスがしたいんですけど」
「してるじゃん」
「宍戸さんはね。俺はまだ一回も宍戸さんにキスしてないじゃないですか」
俺の眉間に口付けるのをやめた宍戸さんは「そっかぁ」と言いながら残りのショートケーキにスプーンを突き刺した。
「あーん」
「いらないです」
「なんで?」
「なんでって」
「俺さぁ、長太郎がもの食ってるとこ見るの好きなんだよなぁ」
「そんなこと言ったって絆されませんからね」
「せっかく長太郎が好きなケーキ買ってきたのに」
「買わなくていいって言ってるじゃないですか。それにショートケーキが好きなのは俺じゃなくて宍戸さんでしょ」
「なんだよワガママばっかり。可愛くねぇ」
「わがままなのは宍戸さんですからね!」
「どうしても食べない?」
「いりません」
「食べたらキスしてやるって言っても?」
「……」
しおらしく眉尻を下げて覗き込んでくるのはずるい。
こういう時にしか下手に出てくれないんだから。
「……本当にしてくれますか?」
「おう。嘘はつかないぜ」
「本当かなぁ」
「あーん」
「まだ食べるって言ってな……あぁもう! あーん」
無理矢理差し出されたケーキが顔面に直撃する前に食らいついた。
口の中いっぱいのケーキを懸命に咀嚼する俺を見て、宍戸さんは満足そうに笑った。
「ちょうたろぉはいいこ」
空になったケーキの容器とスプーンをコンビニの袋に突っ込んだ宍戸さんは、また歌うように俺の名前を呼んで両手で頭を撫でてきた。
ひとしきり髪の毛を混ぜこんで、熱いくらいの手のひらが俺のほっぺたを包む。
「ちゅ-してやるから目つぶってろ」
火照った頬を更に染めて微笑んでみせるものだから、俺はすっかり信用しきってまぶたを閉じてしまった。
がぶっ。
鼻を齧られる痛みで「ぎゃっ!」と叫んだ俺を見て宍戸さんが声を上げて笑う。
もう怒った。
ヒリヒリ痛む鼻に涙目になりながら、宍戸さんの頭を両手で固定した。
こうなったら実力行使だ。意地でもキスしてやる。
俺はあっけに取られている宍戸さんの唇目がけて顔を寄せた。
「だめ」
宍戸さんの右手が、寸でのところで俺と宍戸さんの唇の間に割り入った。
向けられた手のひらにキスしてしまった俺は宍戸さんに抗議の瞳を向ける。
「約束したじゃないですか」
「やっぱりしない」
「嘘はつかないって言ったのに」
「……だって」
「だって?」
じとっと俺に睨みつけられている宍戸さんは、目線をそらしてもう片方の手で俺の胸を突っ張った。
「口にしたら、もっと先のことまでしたくなって、止まらなくなる」

 

あぁ~~もう! これだから酔っ払いは!