森を歩こうという誘い文句があるらしい。昔読んだ本で得た知識なのだが、なんてことはない、セックスしようという意味だ。
どこの国の言葉かはっきりとは覚えていないが、おそらくは森の中が逢引きに適している環境なのだろう。 自然が豊かな土地ならではの言葉だと言える。
どうしてこの言葉を思い出したかというと、長太郎が妙な提案をしてきたからだ。
「宍戸さん、ポリネシアンセックスって知ってますか?」
「ポリネシアンセックス?」
ポリネシアといえば真っ先に南の島のイメージが頭に浮かぶ。 青い海と緑の森とそこに暮らす人々が造り上げた独特の文化。
加えて長太郎が発したセックスという言葉から、自然と俺は冒頭の言葉を思い出したというわけである。
「なにそれ」
「この前本屋にいったら平積みされてる小説があって、帯に書いてあったから調べてみたんですよ。びっくりしたんですけど、五日間かけてするセックスらしくて、しかもすごく気持ちいいんですって」
興奮気味に説明を始めた長太郎を、俺は複雑な思いで見つめた。
いつからこいつはセックスという言葉を躊躇いなく口にするようになったんだっけ。 少なくとも付き合い始めた頃は絶対に口にしなかった言葉だ。 老成したわけではなく、俺が悪い影響を与えてしまったんじゃないかと純粋培養だったころの長太郎を思い起こしてセンチメンタルな気分になる。
「宍戸さん、聞いてます?」
「聞いてる聞いてる。五日目まで入れねぇんだろ。無理じゃん。おまえ、きっと一日目で入れるぜ」
「そ、れは、否定できない、ですけど……でもやってみたくありませんか?」
「まぁ、付き合ってもいいけど」
というわけで早速試してみようということになったのだが、俺の予想通り長太郎には堪え性というものがなかった。
「あ、んぅっ、ほらみろ、っ、言ったじゃねぇ、か」
「宍戸さんとっ、はぁっ、そういうつもりでベッドに、入って、何もしないなんて、無理です…っ」
一日目もなにも、普通にいつも通りのセックスをしてしまった。制止しきれずに流されて受け入れてしまった俺も俺なので強くは言えないが、案の定という結果に落ち込む長太郎がかわいそうになる。
十代の頃でもあるまいし、そろそろ性欲も落ち着いてきてもいいころだとは思うのに、そんな日はなかなか俺たちに訪れてくれない。 いや、正確には語弊がある。俺たちを捕らえて離さないのは、好奇心という名の厄介な欲なのだ。
「やっぱ五日なんて無理だろ」
「でもすごいらしいんですよ? 経験したことのない快感が波のように押し寄せるって書いてありましたもん。気になりません?」
「気にはなるけど」
「問題は、まず一日目をどう乗り越えるかですね」
素っ裸で腕を組んで、真面目くさった顔で悩まれても。
呆れつつ俺も一緒に悩んでやろうとスマホと言う名の文明の利器に頼って調べてみた。
ネットの海は広大だ。 答えは案外易く見つかった。
「簡易ポリネシアンセックス、だって」
「簡単な方法ってことですか?」
「うん、大体三時間くらいでできるんだと」
「三時間? 最後まで? 五日間じゃなくて?」
「おう。まぁ、練習だと思ってさ」
「……それ、やってみましょう」
今夜はもう遅いので決行は明日、ではなく週末ということになった。
よくよく説明や体験談を読めば挿入時には快感のあまり声を抑えることが出来なくなるとあり、隣近所を気にすることなくコトに及ぶために場所を移すべきだと長太郎が言い出したのだ。
今週末、俺たちは数年ぶりにラブホテルに行く。
遠足みたいでわくわくする。
「すげぇとこ選んだな」
「とりあえずグレードの高い部屋にしてみたんですけど、俺もここまでとは……」
ポリネシアンセックスにはリラックスできる雰囲気づくりも重要らしいということで、ホテル選びは俺より美的センスの良い長太郎に任せてみた。
で、踏み入れた部屋がゴテゴテのヨーロピアンクラシックな作りになっていたものだから、俺はリラックスどころか笑いを堪えるので精一杯になっている。広い部屋の中に宮殿にありそうな柱が何本も立っているし、シャンデリアやらロココ調のソファーやら、あげくベッドは天蓋付きで、掛け布団の上には真っ赤な薔薇の花びらが散らされていた。
「今どきのラブホってすげぇな。部屋にベッドがあるだけじゃねぇんだ」
探検よろしく部屋の中を物色し始めた長太郎がバスルームで何か見つけたらしい。
「あっ、宍戸さん! お風呂にも薔薇が用意されてますよ」
「まじかよ! あははは、終わったら薔薇風呂やろうぜ」
足取り軽く見に行くと、ジャグジー付きの大きな円形浴槽の横に、これまた真っ赤な薔薇の花びらがリボンの編み込まれた籠に入れられて置かれていた。どこまでも少女趣味に見えるこの空間にまったくそぐわない二人が突っ立っているのが可笑しくて、俺は我慢できずに声を出して笑った。
「宍戸さん笑いすぎですって」
「だってさ、ここ、俺たち全然似合わねぇ」
「そうですけど! ははは、もう先にシャワー浴びちゃってください。俺は次に入るんで」
「おまえも笑ってんじゃん」
「つられたんです!」
とかく、このセックスには決まりごとが多い。
行為の前に食事をしてはいけない。風呂は別々に入る。初めの一時間は抱き合うだけ、次の一時間は性器に触れずにキスや軽い愛撫にとどめて、最後の一時間は挿入しても極力ピストン運動はしない。
体を洗いながら頭の中で順を再度確認した俺は、次いでシャワーを浴びに行った長太郎と入れ違いにベッドに上がって、スマホの電源を切った。二人の時間に集中するために、電話など水を差す可能性があるものを排除しておく必要があるらしい。
とことん付き合ってやろうじゃねぇか。
手持無沙汰なのでベッドの上の花びらを拾い集めていると、俺と同じバスローブ姿の長太郎が戻ってきた。
「宍戸さんパンツ穿きました?」
「穿いてねぇけど」
「穿いてください」
「なんで? どうせ脱ぐじゃん」
「入れたくなったら困るからですよ! 今度は失敗したくないんです」
なるほど、この頼りなく薄っぺらい布地が長太郎にとっての抑止力としてどれほど威力を発揮できるかはわからないが、集めた花びらをテーブルに置いた俺は言われた通りに下着を身に付けてやることにした。
「汚すなよ? 替え持ってきてねぇんだから」
「俺、ちゃんと宍戸さんの新しいパンツも持ってきましたよ」
「あっ、そう」
まったく、出来たパートナーなのだ。
さて、と下着一枚になった俺たちはベッドの中に入った。ローションもコンドームも手の届くところに用意済みだ。
まずは一時間。
長太郎は俺の手を取り、指を絡めてきた。
その瞳をじっと見つめる。
色素の薄い長太郎の虹彩が放射状に広がっているのを見て取れる距離まで近づくと、ついいつもの癖で唇を寄せそうになった。
「間違えた」
「ふふ。ねぇ、宍戸さん、腕枕していいですか?」
「おう」
長太郎にすっぽり包まれるように抱きしめられると、嗅ぎ慣れないボディソープの香りと肌の温かさが一層近くなった。
俺も長太郎の背に腕を回す。性的な触れ方をしないように気を遣った。
ゆっくり上下する長太郎の胸に合わせて呼吸していると穏やかな気持ちになってくる。
ぽつりぽつり、会話を交えながら抱きしめ合って三十分が過ぎた頃だろうか。違和感は体温の上昇と共に訪れた。
十分密着しているのにもっとくっつきたくてたまらない。もっと触りたい、触って欲しい、そう思ったら熱いため息が出た。
さっきまでの凪いだ気持ちはどこかに消えて落ち着かなくなり、俺は長太郎の腕の中でもぞもぞと体を捩じった。
「行かないで」
何処にも行くわけがないのに、少しでも肌が離れるのを恐れるかのように、長太郎は俺を抱きしめる腕に力をこめた。
目の前の喉仏が上下する。
俺は分かってしまった。
長太郎も俺も、体に起こっている変化に同じく戸惑い、興奮している。
「……長太郎」
「はい」
「一時間まであと何分だ?」
「あと、二十……十七分です」
布団をはいでもちっとも冷やされない。
体の熱を逃がしたくてまたため息をついた俺は、ひたいを長太郎の胸にぐりぐり押し付けた。
長太郎の指が俺の髪を梳く。ただそれだけなのに背すじがぶるぶるっと震えた。
今の俺の体はちょっとした刺激にすら反応してしまうほど感度を高めつつあるらしい。それは長太郎も同じらしく、俺が背すじを震わせながら爪を立ててしまった背中がぐっと丸められ、頭の上で自分自身を落ち着かせるように長く息を吐き出すのが聞こえた。
「うまく説明できないんですけど、なんだかすごく……」
「……うん」
欲しい。
長太郎に俺の飢えを埋めて欲しい。
ようやく一時間が経って唇を合わせた瞬間、腹の中がきゅんと疼いた。そこは長太郎と深く繋がってやっと届く場所だった。
「もう、一回」
再び唇を合わせる。
キスってこんなに全身で感じるものだっただろうか。
擦り合わせた内ももが汗ばんでいる。
軽く走ったあとのように息切れして、俺は一つ咳払いした。
性器には一度も触っていないのに、見て確かめなくても分かるほど先走りで下着がぐっしょり濡れている。多分、こいつも。
俺は覆いかぶさってきた長太郎を見上げた。へらりと笑って見せるが、瞳の奥に抑圧しきれない発情が伺えて、俺はその頬に触れた。
すっかり大人の男になりやがって。あどけなさの消えた目元が興奮で薄紅に染まっている。
「いっぱい触っていいですか」
長太郎の舌が俺の首筋を這う。れだけで声が漏れた。耳たぶを噛まれればうなじがざわめき、鎖骨の薄い皮膚を吸われれば肌が粟立った。
みぞおちを口付けながら下り、へそを舌先で擽られる。舌は腹筋をなぞりながら這い上り、胸の尖りに到着した。
「触ってないのに、もうツンツンしてますよ」
「んっ、そこで、喋んな」
吹きかかる吐息すらも刺激になる。
長太郎は唇で挟むようにして乳首を扱いた。もう片方も指の腹でクニクニ潰され、甘い刺激が切なく腹の奥を満たし始める。
胸を突き出せば自然と腰が反って、鼻を抜ける甘えた声が出た。恥ずかしがってももう遅い。声を抑えようと噛んだ指は長太郎の指に絡めとられ、味蕾で擦り上げるようにして何度も先端を舐められるたび、大げさに跳ねようとする体を精一杯押しとどめた。
「くふぅ、ん……ま、って、ちょうたろ、」
信じられない体の反応に俺は焦りを覚えた。
腹の奥が覚えのある蠢き方をしている気がする。実際に腸壁が動いてるのかはわからないが、きゅうきゅうと絞られるような性感の苦しさに似ているのだ。
「だめだ、って」
胸との間を手で阻んで長太郎の口元を抑える。
「あにふるんれふか」
「っはぁ……やべーんだって、腹ん中、イくときみたいになってる」
「へ?」
口を塞がれて眉をしかめていた長太郎は俺の言葉に一瞬きょとんとして、嬉々として目を細めた。
「すごいですね! ポリネシアン効果!」
「うるせぇ……俺の複雑な気持ちがおまえにわかってたまるか」
「なんでですか。いいじゃないですか。また一つレベルアップしたと思えば」
「そんなのいらない……」
とんだ副産物だ。
今日はこのあとにメインイベントが待っているからこれ以上の追求はしてこないと思うが、きっと次にセックスするときにはしつこく舐ってくるに違いない。
気を良くした長太郎はにこにこしながら俺の下着に手を掛けた。
「もう脱いでいいのかよ」
「ここまでくれば早まってしまうこともないですし、それにもうこんなですし」
「おまえもな」
思っていたとおり、腹に付きそうなくらい屹立した二人の下着は前部分の色が変わるほどぐっしょり濡れていた。
「俺のも脱がせてくれませんか?」
体を起こして膝立ちになり長太郎の下着を剥ぎ取ってベッドの端に放った。
雄の匂いが鼻腔を擽る。誘われるように、俺は長太郎の下腹部に顔を近づけた。
「まだ触ったらだめですよ」
「触んねぇよ」
足の付け根、鼠径部を鼻先でなぞる。胸いっぱいに息を吸い込めば、色濃い長太郎の匂いが体の内側から張り付いてくるようだ。浮き出た骨盤に歯を立てると長太郎が腰を揺らした。甘噛みしては舌を這わせて少しずつ陰茎の根元に近づいていく。腹筋に浮き出た血管の凹凸を舌で感じ、唾液で陰毛を濡らす。
性器には触れていけない決まりだから、俺は未練がましく内ももに吸い付くことにした。
後ろ手をついて片膝を立てた長太郎からは俺がすることの一部始終がすべて見えているだろう。
欲しいものを目の前にして手に入れられないもどかしさに腰が揺れる。長太郎の内ももに吸い痕を残しながら、数十分後に待っている快感への期待に胸が膨らんだ。
それから時間になるまで、お互いの体、足から背中、腕や指まで、触れたり舐めたりして愛撫し合った。
性感がどんどん高まっていくのが手に取るようにわかる。
体の芯がずっと熱いままで、亀頭からは先走りがダラダラ零れてそれぞれの陰茎を濡らした。
そんなことになっているのに直接は触れられないから視覚への刺激もものすごくて、焦らしプレイと羞恥プレイを同時にしているような気分だった。
「やっと、一時間経ちましたね」
「もう、俺、」
「俺も早く、宍戸さんの中に入りたい」
けれど俺の体に挿入するためには下準備が必要なのだ。長太郎はいつもより粘度の高いローションを用意していた。挿入してから三十分は動いてはいけないし、達した後もしばらく抜かないままでいる必要があるからだ。
「指、増やしますよ」
前立腺に触れないように俺の後孔を拡げる長太郎の指が、たまらなく気持ちいい。
普段なら拡張するときに出そうになる声なんて余裕で我慢できるのに、今は喉から駄々洩れの状態だ。
明らかに常軌を逸した俺の姿を見る長太郎は、心配そうにしながらも頬を紅潮させていて、興奮が勝っていることがありありと見て取れた。
「もう大丈夫そうですけど、宍戸さんいけますか?」
「これ以上、焦らすなよ」
枕が積まれるように重なっているヘッドボードに背を預けた長太郎に向かい合って腰を跨ぐ。コンドームが張り裂けそうなくらいに膨張した陰茎に手を添えてみれば火傷しそうに熱かった。
いよいよだ。二人が待ち望んだ瞬間がようやく訪れた。
長太郎の熱い亀頭に濡れたアナルを口づけさせる。それだけで体の髄が震えた。
ゆっくり、腰を落としていく。
しかしカリ首を飲み込んだところでオレは動けなくなってしまった。
感じ過ぎるのだ。
もう少し挿入すれば確実に前立腺を抉る。そして全部入ったら奥の気持ちいいところに当たってしまう。
快感が怖いと思うなんて経験、なかなかするものではない。太ももがぶるぶる震えだして動けずにいる俺の頬を長太郎の指が撫でた。
「泣かないで」
「っ」
言われて初めて自分が涙を流していることに気が付いた。
「なにこれ、俺泣いてんの?」
「痛いんですか? 苦しい? やめておきましょうか?」
「違う、そうじゃなくて、」
セックスしながら泣くだなんてありえないことだと思っていたけれど、自分の意志ではどうしようもない涙が確かにあるんだとこの時初めて知った。
「引かないで聞いて欲しいんだけど」
「絶対に引きません」
「感じ過ぎて動けない」
「動け、ない」
俺の言葉を噛み砕くように繰り返した長太郎は、下唇を噛んで耐える俺の顔と結合部を交互に見つめてから涙を拭っていた手で俺の腰をがっちり掴んだ。
「息を吐いてください。俺が支えますから、ゆっくり腰を落として」
言われた通りに息を吐く。
まるで初めてセックスをしたときみたいな緊張と興奮で胸が高鳴った。
「あ、あぁあ、や、ん」
腰を落とせば熱い塊が俺を拓いていく。
普段のセックスとは比べ物にならない程の快感が俺を襲い、全部飲み込んで震える体を長太郎にきつく抱きとめられた。
「すごい、宍戸さんのなか、熱くて、入れただけなのにきつくてうねってる」
「はは、っ、これ、すげぇ…っ」
「宍戸さん、ただでさえゆっくり入れるの好きですもんね。こんな、っ、感じながら入れたら、うぁ、ほんと、すごい」
俺の腸壁が締め付けるので、長太郎は一度も律動していないのに気持ちよさそうに声を上擦らせた。
なにもかもが新境地だ。
こんなセックスがあるなんて。
「このまま三十分、だっけ」
「はい。でも俺、まだ出してないのにすごく幸せ」
その気持ちはよくわかる。
ぴったりくっついていると、お互いの体温と想い合う気持ちが一緒くたになって融けていくような不思議な感覚に陥るのだ。
「おまえが入れても何もしないでいるなんて、変な感じだな」
「ですね。いつもだったらすぐ動いちゃう」
「堪え性ないもんなー」
「宍戸さんだって、突然乗っかってきたりするじゃないですか。お互い様ですよぉ」
会話の合間にキスを交わす。
啄むようなじゃれあうものだったり、性感を高めるような深いものだったり。
ときたま長太郎は俺の胸を弄ぶので、仕返しに耳の中を舐めてやった。水音に驚いて肩を揺らした長太郎が「うひゃあ」と鳴いたので笑ってやったらナカがキュッと締まった。
「っ、キツ……」
「……なぁ、そろそろ三十分経ったんじゃねぇのか?」
「そ、そうですね。うん、経ちました」
本当はあと五分残っているのだが、俺たちの時間はたった今五分進んだ。
だってずっと絶頂感の一歩手前で焦らされているのだ。
あと少しのきっかけが欲しい。
確実に訪れるであろう快感の渦を目の前にして、俺たちは耐えることを放棄した。
しかし、腰を上げて下ろすという至極簡単な動作をしようとして、俺は腰を浮かせた所で音を上げてしまった。
「わりぃ、この体勢、失敗した……俺、動けない」
「えぇ?」
「だって、もう出そうだもん。いや、出るかわかんないけど」
「そんなに……?」
「どうしよう。一回抜くか?」
「いや、宍戸さん、ちょっと腰上げて後ろに倒れてください。そう、よいしょ、っと」
長太郎は繋がったまま器用に体位を正常位に変えてみせた。その動きにすら俺の体は素直に快楽を見出す。
「んっ、ぅ」
「動いていいですか?」
余裕のない声に懇願され、俺は手の甲で口元を抑えながら必死に頷いた。
長太郎がゆっくり律動を始める。
瞬間、汗がぶわりと噴きだしてきて、触覚だけが一際感度を増した。
もうだめだ、と思う暇もなかった。
火花があっという間に燃え広がるみたいに、俺の体は快感に震えた。
「あ、ああ、や、ああー、うぁ、も、もう、イってる、待っ、て」
「んっ、はぁ、っ、」
「はっ、ぁぁ、くぅん、あぁぁ……、またぁ、イ、っく……!」
「ししど、さん、はっ、すご、ずっと、ナカ、っ」
シーツに爪を立てて過ぎた快感から逃れたい一心で仰け反る体は、長太郎に繋ぎとめられて自由を奪われた。
声なんて抑える余裕もない。
叫びに似た嬌声が喉の奥から止めどなく溢れてしまう。
体を奔り抜ける電流に思考が麻痺していった。
真っ白な光に包まれて、自分が自分じゃないみたいだ。恍惚とはこういう感覚をいうのだろうか。
激しく突かれているわけではないのに、ゆっくりとした抽送でどうしてこんなに繰り返し達してしまうのだろう。
何一つ思い通りに制御できない体は、それでも一途に長太郎を求めていた。
虚空を彷徨う手がきつく握られる。
体ごと抱きしめられたい、そう願うと長太郎が背をぶるっと震わせてゆっくり倒れ込んできた。
「俺も、イきそ、っっ、ん、ぐぅぅぅ」
耳元に獣のような唸り声が響く。
長太郎がこんな声を出すのを初めて聞いた。
俺と同じように、長太郎も感じたことの無い深い快感に抗いようもなく引き摺りこまれている。
途端にわけがわからないくらい嬉しくなって、俺の気持ちを反映したかのように腹の中がきゅんと長太郎に絡みついた。
その後も、動いては止まるを繰り返して二人で何度も達した。
ついには動かずにいても達するようになり、「快感が波のように押し寄せる」状態を身をもって体感してしまったのだ。
それに、抱き合っている間の多幸感と言ったらなかった。
目の前の長太郎がいつもの何倍も魅力的に見えて、潰れるほどに掻き抱いて離したくない。
だけどこの気持ちを言葉の形にするのは喘ぎ声しか出せない俺にはとても難しかったので、熱に浮かされたように何度も何度も好きだと言った。
呼吸の合間に涙を流しながらひっきりなしに愛を口走る俺を見て、長太郎は泣きそうな顔で微笑んだ。
肌を合わせて、好きです、大好きです、と耳元で囁かれると、媚薬を流し込まれたようにまた腹の中が疼いた。
波が引くまでどれほどの時間が経っただろう。
脱力してベッドに体を投げだした俺たちは、夢から覚める心地がして、そして夜明けの様に清々しくも感じた。
普段は言えない胸の内を暴かれたようで気恥ずかしかったが、不思議と気分はすっきりしていた。
「すごかったな」
「すごかったですねぇ」
薔薇をふんだんに浮かべた風呂に浸かりしみじみ呟いた。
男二人で入っても余裕のある大きさなのに、なんとなく離れがたくて肩を寄せ合っている。
浴槽の横にいくつかスイッチがあったから押してみたら、バスルームが暗くなり天井に星空が現れ、浴槽の底が色とりどりに輝きだしたので、俺はまた堪え切れずに噴き出してしまった。
「ひ~~っ、だめだ、面白すぎるだろこのホテル」
「もう、ロマンティックな演出なんですよ?」
「うっそ、もしかして今グっときてたりすんの?」
「いや、それはないですけど」
「ほらな」
なんてふざけてみたけれど、ぼんやりとした光の中で口元に笑みを浮かべた長太郎は驚くほど絵になっていて、俺は水面でまとわりついてくる薔薇の花びらたちを押し退けてキスをした。
「またしましょうね」
「おう」
また二人で一緒に、森を歩こう。