ひみつ

お互いに欲しいものが合致するときがある。
似たもの同士なんて言葉があるが、一緒に暮らしていると趣味嗜好まで似通ってくるものなのかもしれない。
欲しいもの。
それは新しい服だったり、甘いものだったり、少しの刺激だったりする。
大抵は二人で出掛けて、買い物をして、食べて、映画でも見て、一日デートすることで十分に満たされる欲求だ。
だけど今日は違った。
お互いの欲しいものが、お互いであった。
そんなときはどうするか。
満足するまでお互いを求めることでしか解決する術はない。

一度達したあとの窄まりは心なしか柔らかく感じる。
鳳は宍戸の後腔に挿入したまま、自身も達したあとのぼうっとした頭の片隅で思った。
組敷いた宍戸は、目下で浅い呼吸を繰り返しながら不定期に体の内側を震わせている。
そのたびに鳳は自身をきゅっと締め付けられながら、ふわふわとした肉感に包まれている心地よさにまぶたを閉じた。
「なぁ、ねみぃのか?」
汗ばんだ手のひらに頬を撫でられ、鳳はゆっくりとまぶたを開く。
「そんなわけないじゃん。噛み締めてたんですよ」
頬の手を取りシーツに縫い留めて、宍戸のひたいに唇を落とす。
「こっちも」
はっきりとした口調で強請られ唇に口づける。
強請るなんて可愛いものではないか、と鳳は唇をつけたまま口角を上げる。
すかさず入ってきた舌に唾液を絡ませながら、宍戸のそれは命令と同義であり、逆らう気なんてさらさらないと鳳は心の中でひとりごちる。
「ん」
鼻から抜ける声で誘われ、鳳はゆるりと腰を動かした。
一度目のセックスは互いに貪り合うように激しいものだった。
だから今度はゆっくりと。
鳳は腰のグラインドを徐々に大きくしていく。
焦らすようにゆったりと時間をかけ、宍戸のなかを味わう。
「ん、はぁ」
鳳は宍戸の喘ぎ声ごと掬うように、上あごに舌を這わせた。
「宍戸さんのなか、柔らかくなってる」
「さっき、あんなにしたから、っだろ」
亀頭の引っ掛かりギリギリまで腰を抜いたかと思えば、根元が宍戸の愛液ににまみれるほど深く侵入し密着させる。
繰り返し、繰り返し、宍戸の呼吸が荒くなっても止めることはしない。
宍戸の指先に力がこもり、鳳の手を強く握りしめる。
熱かった宍戸のなかが、さらに熱をもち始める。
もったいつけるように時間をかけて宍戸のなかを蹂躙するのには理由があった。
宍戸の喘ぎ声が段々とか細くなってきた。
宍戸は深く感じ入ると声を出せなくなる。
鳳は自身を宍戸の腹のなか限界まで埋め込み、奥を突くように腰を揺らした。
「声、でなくなっちゃってるよ。そんなに気持ちいい?」
背をしならせ、喉をのけ反らせて、宍戸は全身で感じ入っている。
鳳は宍戸がこうされることを好むと知っていた。
激しいセックスのあとに、十分な休憩を置かずにスローに追い詰められることで宍戸は昂る。
焦らされれば焦らされるほど期待感とともに性的な感度が上がり、宍戸の体は勝手に快感に震える。
体の強張りと反比例して腹のなかがひらいていく。
そして鳳は招かれるまま宍戸の奥深くまでいき、すべてを飲み込もうとする宍戸に身を委ねるのだ。
「あぁ、奥、あたった。ここ、撫でて欲しいでしょ。ねぇ、してもいい?」
息も絶え絶えな宍戸が、瞳だけで鳳に諾する。
鳳は上体を起こして宍戸の足を抱え直した。
挿入の角度が変わって、より深く宍戸を感じる。
宍戸の肌が上気している。
その下腹に触れ、鳳はグッと押し込めた。
「ここまで入ってるの、わかりますか?」
筋肉の下に、明らかな異物の感触がある。
宍戸の肉体越しに自身の猛りを認めて、鳳は本能からにじみ出る征服感で無意識に口端を上げていた。
ふと、視線を感じる。
見下ろすと、蕩けるように涙を湛えた瞳が鳳を見ていた。
宍戸が囁く。
「えろい、顔」
そのかすれた声にさえ欲情して、鳳は急かされるように腰を動かし始めた。
「っ、どっちが」
「ん、あ、あぁ、奥、もっと」
息を吹き返したかのように、宍戸の嬌声が鳳の耳を犯す。
宍戸の体を突き上げ、深く深く蹂躙する。
そのたびに宍戸の体は本能的に逃げようとするが、打ち震える腰を鷲掴み引きもどす。
何度も何度も、なかの形が鳳の形に変わってしまうのではと錯覚するほどしっかりと宍戸の奥を突く。
その間、宍戸は何度も甘く達していた。
その証拠に、亀頭から溢れた精液は汗のように宍戸の腹に幾筋もの線を作り、腸壁は不規則に引きつり鳳を締め付ける。
達しても容赦なく襲いくる快感に溺れていく宍戸を見下ろし、鳳は満たされていた。
だが、自身も限界が近い。
鳳は下腹部にたまりにたまった熱いものを吐き出したい欲求に駆られた。
本当はもっと宍戸の体を翻弄したい。
宍戸の性感を極限まで引きずり出して、なりふり構わずこちらを求める姿をもっと見ていたい。
しかし不感症でも絶倫でもなく、何より宍戸に心底惚れこんでいる自分にそんな冷徹な所業ができるはずもない。
鳳は欲求に逆らうのを止め、このセックスの役目をかなぐり捨てた。
役目というのは、自分の欲求を押さえ込み宍戸を昂らせる役目だ。
無論、鳳が勝手に自身に課しているだけにすぎないが。
「宍戸さん、も、だめ、出ちゃう、好きに動いていい?」
宍戸の瞳が、鳳のまなざしをとらえる。
見上げた恋人は流れる汗もそのままに、欲望をぶつけていいかと懇願していた。
切羽詰まった表情をしている。
その顔を見れば、もう限界だということはすぐにわかった。
宍戸は心の中で、鳳にごめんと謝った。
今の今まで、宍戸は夢中で鳳を貪っていた。
そのことに対する謝罪だ。
宍戸は鳳に翻弄されていたのではなく、翻弄させるよう仕向けていたのだ。
これは宍戸の悪癖によるものである。
宍戸は鳳に突き崩されたいのだ。
自分では絶対に触れられない奥深くの衝動を壊してほしくて鳳を動かしている。
後ろめたさがないと言われれば嘘になる。
好きな相手を騙して楽しいわけがない。
鳳は心優しい人間なのだ。
本来はもっと普通のセックスで満足できる、普通の人間だったはずなのだ。
鳳をこんな風にしたのは宍戸だった。
宍戸は、自分が普通のセックスでは満足できない、少しアブノーマルな性癖の持ち主だと自覚している。
別に痛いことをされたいわけではないのだ。
ただ、普通より少し強く、際限なく、不躾に、無遠慮に、裸の本能をぶつけられ、それを受け止めたいだけなのだ。
鳳には口で言っても伝わらないと思った。
言ったところで体を心配され、最上の丁寧さで触れられるのは目に見えていた。
だから体で示した。
鳳が強くしてしまったと感じたことも、宍戸は大げさに感じ入ってみせた。
鳳がつらい仕打ちではないかと躊躇したときも、宍戸は涙を流すほど悦んでみせた。
そうやって少しずつ慣れさせるうちに、鳳自身も楽しめるようになっていくのがわかった。
さっきみたいに、宍戸を征服して微笑む鳳を見上げるとき、宍戸は得も言われぬ幸福感でいっぱいになる。
鳳がここまで堕ちてきてくれたと感じる。
そして宍戸も、鳳が感じているものとは違った征服感に満たされる。
もちろん、鳳の性癖を歪ませてしまった罪悪感はある。
可愛い後輩で、誰よりも大切な恋人なのだから当然だ。
しかし、そんな倫理観を無視してしまえるほど、鳳に責め立てられることはとてつもなく気持ちよかった。
「いいぜ、長太郎。いっぱい、出しな」
笑みを浮かべると、鳳が抱きついてくる。
宍戸を昂らせるための動きではなく、鳳が達するためだけの性急な腰の動き。
宍戸は汗だくの背中を抱きしめて、鳳が精液を吐き出すのを待った。
ひときわ強く宍戸に打ち付けて、鳳は射精する。
カクカクと二度三度腰がヒクつき、鳳は動きを止めた。
宍戸は待った。
期待に胸を膨らませて待った。
鳳が顔を上げる。
赤らめた頬、恥ずかしそうにはにかんで、
「きもちよかったぁ」
と宍戸にキスをした。
その瞬間、宍戸は身震いを止められず、達していた。
鳳のものを締め付けるだけでなく、鳳の体に絡ませた両腕両足で力いっぱい抱きしめて、達した。
この瞬間が一番気持ちいいことを知っていた。
セックス直後の鳳の笑顔が一番クる。
宍戸は非科学的なことは信じないが、心理学的な作用かなにかで達することもある、これがその証明だと思っている。
「宍戸さんと、またタイミングずれちゃったな」
何も知らない鳳は同時に絶頂できないことを悔しがる。
宍戸はまた心の中で謝って、同時に深く深く感謝して、鳳を抱きしめ口づけた。